ぬくもりに包まれて



*ルミさんのキリ番リクエストの 『波音に誘われて』『波の気持ち』
『天使のささやかな贈り物』の続編です。(^^)


「ミック!!!」
「ど、どうしたの?!リョウ?!」

バーからミックを追っかけて走ってきた勢いのまま
襖を勢い良く開け放つと、向こう側には驚いた表情の
香の姿。
ミックは・・・いない。

「ミックはどうした?」
「ミックなら、リョウと出ていってから来てないよ?」

その言葉に、俺は煽られただけだと悟った。
そして、背後でこれ見よがしに別の部屋に入っていく
あいつの気配。

「何?また他愛も無い事で喧嘩したの?
そんなものまで出して」
呆れ顔の香の視線の先には、コルトパソコン357マグナム。

「あ、ははは(汗)」
慌ててコルトパイソンを懐に突っ込む。

「まったく、誰かに見られたらどうすんのよ。
どうせミックと喧嘩したんだったら行くとこないんでしょ。
ともかく入って」
「へいへい」
悪戯を見つかった子供のように背を丸め、
香と目を合わさないように部屋に入った。

「・・・で、なにが原因でもめたわけ?」
「んなもん、どうでもいいだろ?」
「そうだけど・・・なによそんなに突っぱねなくてもいいじゃない」
口が裂けてもこっぱずかしくて、言えるワケがない。
自然ときつくなる口調。
そして、その拍子にあげた視線の先には、
浴衣姿の香。

・・・・

思考が止まった。
普段見慣れない浴衣姿の香は色気が匂い立つようで、
お風呂あがりであるだろう、洗いたての髪は
シャンプーの柑橘系の香りがふんわりと鼻先を
くすぐってくる。

ごくり。

「ん?どしたの?リョウ?」
つい喉を鳴らしちまった俺を、不思議そうに見上げてくる
まっすぐな香の視線。
気付けば、無意識に抱き締められる距離に
近づいていた。
不埒なこちらの考えを覗かれてしまいそうで、
視線を外す。
「な、なんでもねぇよ」

「ま、いいけどね〜。あんた達が何が原因でけんかしても。
どうせたいしたことじゃないだろーし!あ、そうだリョウ、
あんた温泉入ってないでしょ。行ってきたら?けっこう広くて
のんびりできたよ」

さっきまであんなにあたふたしてたくせに、あまりの
落ち着きように少々の拍子抜けと、ちょっとした訳のわからない
悔しさを覚えた。

こいつ、なんでこんな普通なんだ?
なんか、俺が馬鹿みたいじゃねぇか。

浴衣姿にあてられないように心して香を伺うと、
耳から首筋にかけてうっすらと赤い。
少々動きもギクシャクしている。

なんでぇ、気にしないフリか。
このほっとした気持ちは、つねに優位に立っていたい
男のちゃちなプライドか。
そんな事にこだわる自分自身に、苦笑する。

「はい、これ浴衣とバスタオル。明日はまた運転してもらわなきゃ
いけないんだから、はいさっさとする!」
俺の胸元にずいっと突きつけるように渡された
浴衣とバスタオルを受け取り、俺はそのまま廊下に押し出された。


            ◇◇◇


「ふぅ〜」
素直に温泉に向かい湯船につかると、
人気のないそこは考えるのには格好な、静かな場所だった。

外に作られた岩風呂には、微かだが波の音が聞こえてくる。
岩風呂の周辺の植え込みには、小さな街灯が点在して
陰影を作りだして趣を演出している。

そんな静かさとは対称的に、俺の頭の中は賑やかなものだった。
考えないようにすればするほど、頭に蔓延る不埒な思考。
グルグルと先ほどの香の浴衣姿が頭に浮かび、
妄想へと思考は突き進んでいった。

いつもならかかる心のブレーキが今日は壊れちまった
ように一向にきかない。
いつもと違う非日常にも思えるシュチュエーションが
そうさせているのかもしれない。

今までも何度となく頭の中で繰り返された
妄想の産物である香の裸体が、
目の前をちらちらと掠める。

誘うような香の、現実ではありえないような
甘さを含んだ視線が、俺を見上げてくるような
気がしてきた。

そのあまりの甘さに、思考は勝手に暴走していく。
そうだよな、香も俺のことを憎からず
思ってくれてるはずなんだよな・・・
それだったら、この機会に一線を越えるっていうのも
いいかもしれん。

ミックに背中押されてっつうのは気に食わんが、
そんな事は言ってられない。
もう、俺の我慢も限界だ。
一つ屋根の下は我慢できても一つの部屋で過ごすのは
無理ってもんだ。ん?同じ・・・か?

夏だし、な。
・・・あ?夏っつうのは関係ないか?

お湯の温度が高いのか、思考がおかしくなってきた。
それとも、やっぱ少し疲れてんのか?
俺は、その訳のわからん考えを振り払う為に
思いっきり頭を振った。

ぐぉん!!

「が?!」
やっぱり疲れてたみたいだな・・・
勢いよく振った頭が、湯船の縁の石にぶつかったんだと
客観的に考える思考を最後に、俺は意識を失った。


         ◇◇◇


「リョウ?リョウ・・・大丈夫?」
ひたりと額に乗せられた冷たい感触に、
指先がピクリと勝手に反応した。
後頭部には、柔らかな感触。

ああ、俺は風呂で倒れて・・・その後どうしたんだ?
額と後頭部に感じる心地よい温もりに、
俺はそんなことをのんきに考えていた。

「ミックがいてくれてよかったわ。あたし一人じゃあんたここに運んでくる事
できなかったもん」

それより、お前が男風呂覗きに行く事できねぇだろ。
そんなしょうもない事が、まず心に浮かんでくる。
・・・それよりも何よりも、ミックに香の浴衣姿見られたっていう
事実の方が許しがたい。
後でお代はいただいとかねぇとな。

「ほんと、誰かに狙われてる時じゃなくて良かったわ。自分で気絶して
やられちゃったスィーパーなんて、洒落にならないわよ?」
へぇへぇ、十分反省してます。
惑わした原因がお前だなんて言ったら、
お前どんな態度とるかね。

独り言のように呟く香の声がまるで子守唄のようで、
波間をただよっているような心地良さに身を任せたくて
目が開けられない。

「全く、心配させないでよね・・・やっぱり疲れてたのかな。ごめんね」
額にかかる俺の髪を、優しく香の手が掻き揚げるのを
タオル越しの香の体温と、額に触れる香の指の感触で感じる。

できることなら、ありがとうって言葉が欲しいもんだ。
って、お前を悲しませてばかりいる俺には、過ぎた願いか?

目を開ければ、香の瞳を見上げられる事がわかっているのに、
やはりこのところの疲れが出たのか、目を開けるよりも
このまま普段は嗅ぎ慣れないイグサの香りと、
この温もりに包まれて漂っていたい。


すまんが、もう少しこのまま。


子守唄のように眠りに誘う香の声とぬくもりに包まれる幸福に、
今までだったら近寄る事さえ躊躇していたような穏やかな眠りに、
身を委ねた。



FIN


なんか、こんな感じに・・・(汗)
すみません、たぶんかな〜り皆さんのご期待とは
違うよーな・・・
って私も最初は違う方向に進むはずだったですが・・・ありゃ?(^^;)


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