「さて・・と、二人とも寝ちゃったし、どうしようかしら」
テーブルから散らかったお酒やらおつまみやらを片付けながら、
香がひとり呟く。
ソファでは美樹とかすみが気持ちよさそうな寝息を立てていた。
≪無理な相談 〜Afterwards?〜≫
あの後。
美樹とかすみと香は三人で大騒ぎをして飲み明かした。
普段の彼女たちからは考えられない姿だが、たまに女ばかりで
集まって飲むなんて、なかなかあったものじゃないと、大いに
楽しんだというわけだ。
おかげでかすみも、本来お酒に強いはずの美樹も気がつくと
ソファに凭れ掛かったまま幸せそうに眠っていたのだった。
香ももちろん女飲み会は楽しんだが、やはり心のどこかで
自分のパートナーがまだ帰ってきていないことを気にかけていたため、
知らず知らずのうちにセーブをかけていたらしい。
結果、いつもならまず最初につぶれるであろう香だけが
残ったかたちになったのだ。
「ふふっ。美樹さんは寝顔も綺麗ね。かすみちゃんは可愛い寝顔v」
今日は本当に楽しかった。
普段できない話もたくさん聞いたし、聞いてもらった。
あたしが、僚が、どれほど皆に見守られて生きているかがわかった。
そして、自分もどれだけパートナーを大切に思っているのかも、
再認識させられた。
「・・・なのに。あの馬鹿」
未だ帰宅の声とともに開かれることのないドアをみつめ、一人
言葉をこぼす。
「僚。早く帰ってきて。・・・無事に」
一人香が呟いていると、玄関のほうで大きな物音がする。
続いてドアが開く音。
「ふぁ〜い、アンナちゃ〜んvりょうちゃんもう飲めましぇ〜〜ん」
その声に香が呆れながらもほっとした顔でリビングを出て玄関に
向かうと、今日も『無事に』帰ってきた酔っ払い男が一人、
靴も脱がずに玄関ホールに寝そべっていた。
「りょう、こんなところで寝るんじゃないの!!」
この酔っ払いが!!酒くさっっと香がぼやく。
「お〜っ、かおり〜!!りょうちゃん帰ってきましたよ〜vv」
僚は香のそんなぼやきを気にすることもなく、視界に香の姿を
とらえた途端、香の腕を引っ張り、自分の腕の中に抱き込む。
自分の顔を香の肩口に摺り寄せるような僚の仕草に、
よろけた香が咄嗟に僚の腕から逃れようとしたとき、
既に香の唇は僚の唇で塞がれていた。
「ん・・・」
段々と深さを増していくキスに、香は反射的に僚の胸を叩き、
それを止める。
僚はそんな香の態度に、心惜しげにゆっくりと唇を離す。
「・・っはぁ・・・」
「おまぁも、なんか酒臭くね?」
片眉をあげながら僚が香の顔を覗き込んでくる。
「だ、だから言っといたでしょ?今日はあたしも美樹さんと
かすみちゃんと三人で・・・って、あぁっ」
はっ、と今の状況を瞬時に思い出した香は、次の瞬間には
僚に想いっきり恥じらいハンマーを振り下ろしていた。
「今、リビングに美樹さんとかすみちゃんが寝てるのよっ!!
もし起きてきてこんなこと見られたら恥ずかしいじゃない!!」
どこーーん。
「ぐぅ・・・へっ?ああ、美樹ちゃんとかすみちゃんこっち来てるのか。
・・・だったら尚更こんな音たてたら起きちゃうんじゃねぇの?」
ハンマーですっかり酔いの醒めた様子の僚は香に向かって
ニヤニヤと皮肉めいた笑いをよこす。
「あっ・・・うぅ。//// と、とにかく二人の様子見てくるわ」
急に小声になった香は慌ててリビングに足を向けた。
***
今、見たものは現実・・・・??
ソファで目を閉じたままの美樹の頭には同じ思考が
ぐるぐると回っていた。
それはきっと隣で目を閉じているかすみも同じであろう。
―――話は数分前にさかのぼる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「う、うぅ・・ん・・?・・」
何やら玄関のほうで物音がし、美樹は目を覚ました。
どうやら自分はいつの間にやら眠ってしまったらしい。
身体にはブランケットがかけられている。隣を見ると、同じくかすみも
さっきまでの自分と同じく、ソファに腰掛け眠っているようだ。
となると香が眠ってしまった二人にブランケットをかけてくれたらしい。
あたりを見回すと既にテーブルの上は片付けられていた。
しかしお礼を言いたくても当の相手がリビングを見渡しても
見当たらない。
そこで美樹は先程物音がした方へ注意を向けた。
「ふぁ〜い、アンナちゃ〜んvりょうちゃんもう飲めましぇ〜〜ん」
どうやら玄関の物音はこのアパートの主が帰ってきたかららしい。
「かすみちゃん、起きて」
美樹が隣のかすみをゆすり起こす。
「う、ううん・・あれ?美樹さん?」
きょろきょろとあたりを見渡すかすみに、早口で告げる。
「冴羽さんが帰ってきたみたい」
「冴羽さんが?」
美樹とかすみは何やら言い合っている男女の声がする方―――
玄関へ顔を出すべく、リビングのドアに手をかけようとする。が、
どちらからともなく少し開いたままのドアから男女の様子を伺うような
姿勢をとった。
自分たちの前ではいつも素直じゃない二人。
そんな彼らが普段、二人でいるとどのような会話をするのか
興味が湧いたという、ほんのちょっとした悪戯心からの行動だった。
*
「りょう、こんなところで寝るんじゃないの!!」
美樹とかすみがこっそりと覗き見た先には、仁王立ちで腰に
手を当てて酔っ払い男に文句を言う香の後姿があった。
するとその声に、それまで玄関に寝そべって顔を伏せた形でいた
男がぱっと顔を上げ、美樹たちが見たことも無いような
安心しきった笑顔を見せた。そして・・・
美樹とかすみは、一体何が起こっているのか瞬時に理解
できていなかった。
それは別に酔って頭が回らないなどということではない。
むしろ酔いなどすっかり醒めてしまった。
続いてなされた男の行動を目撃して・・・・
僚は何やら嬉しそうな声をあげると、俊敏な動きで香を自分の
腕の中に抱き込み、甘えた仕草で自分の顔を香の肩口に
すり寄せたのである。
キャッツアイで見る僚や、その他外で見せる僚の香への態度は、
恐ろしくそっけないし、常に香を怒らせるような態度や台詞しか
口にしない。
ましてや僚という男は、どんな相手にも自分の少しの隙を見せる
ことなく、また誰とでも気さくに話す一方で、常に周りの人間と
一線を引いている。
そんな男のはずだ。
そんな僚が、香に甘えるように抱きついている・・・
それだけでも十分に美樹とかすみの顔は真っ赤となり、
思考を停止させうるものであったが、それに続く光景に、もはや
二人は石のように固まるしかなかった。
ちょっとして香の肩口から顔を上げた僚は、次の瞬間ためらいもなく
香に熱いくちづけを落としていたのだ。
しばらくの沈黙がアパートの中を流れる。
段々と激しさを増してきた僚の唇から必死に逃れるように、香が
もぞもぞと僚の腕の中でみじろぐ。
漸く離れた唇から、何やら僚が香に囁くと、香はぼそぼそ言葉を
返し、途中ではっと気付いたようにいつものハンマーを僚に
振りかざした。
そのあとは、さっきの雰囲気はどこへやら、再びおなじみの
痴話げんかを始める二人。
そんな二人をもはやただ呆然と見つめるしかない美樹とかすみは、
次に続く香の言葉にはっと我に返る。
「あっ・・・うぅ。//// と、とにかく二人の様子見てくるわ」
真っ赤な顔をした香がそういったことにより、漸く思考が再開した
美樹とかすみは、途端に見てはいけない二人をみてしまったような
気まずさと恥ずかしさに襲われた。咄嗟に慌てて元いたソファに
座りなおし、ブランケットを掛け目を閉じ、今までずっと眠ったままで
いたフリをしたのだった。
*
二人が目を閉じてすぐ、パタパタと足音が近づき、香がリビングに
遠慮がちに入ってくる。
「良かった・・・二人共まだ寝てるみたい」
ほうっと小さくため息をこぼしながら小声で囁く。と、すこし後に
僚もリビングへやってきた。
「あらま〜可愛いもっこり寝顔ちゃんたちvv」
ぐふふふっと伸びる手を香がぴしゃりと払い落とす。
「こらっ。とにかく、ここじゃ冷えるわよね。・・・あたしの部屋の
ベッドに運びましょう。僚、あんた二人運んであげて。ただし!!
絶対手出すんじゃないわよっ!!」
小声のまま怒鳴りつけた香に僚は「へ〜へ〜」と気のない返事を
スケベ顔のままよこすと、香はハンマーをちらつかせ脅しながら睨んだ。
さっと顔を青くした僚はぶつぶつと文句を言いながらも、一人ずつ
抱きかかえて香の寝室まで運んでいった。
「まぁ〜ったく。こんなもっこりちゃんがすやすや可愛い寝息
たててるってのになぁ・・・ちょっとくらいv」
「何か言った?僚・・・」
僚の後頭部にミニハンマーが綺麗に決まると、香は満足げに
うなずいた。
「よし。これで大丈夫でしょ。明日はお店もお休みらしいし。
二人共ゆっくり眠れるわ」
香が二人の寝顔を見て微笑んでいると、僚がニヤリと顔を歪め
香の耳元に近づいて囁く。
「で、香ちゃん?」
日頃の学習の成果か、香は僚の謎の微笑みに厭な気配を感じた。
「な、何よ?」
「二人がこの部屋で寝ちゃったら、香ちゃんはどこで寝るのかなぁ?」
「え・・あっ!!」
香はしまった!という顔を見せるが、時既に遅し。僚は香の首に
後ろから腕を回すと、ずるずると香の部屋から引きずりだそうとする。
「僚ちゃん、い〜い寝場所知ってるんだよねぇ」
ふっかふかのお布団でぇ〜vと言葉を続け、ニコニコしながら尚も
固く腕を巻きつける僚に対し、美樹とかすみが寝ている手前、
大きな声を出せない香がそれでも精一杯の抵抗をみせる。
「あ、ああたし、今日リビングのソファで寝るから!!」
「さ、僚ちゃんの寝室へれっつごー♪」
そんな香の抗議の声にもおかまいなしに、僚は香の身体をがっちり
かため、引きずっていく。
「ちょっと!!僚!」
「だってもう3日もこっちはオアズケくらってんだぜ?
(おれももう限界だっつの)」
耳元で低い甘い声で囁くと、途端に香は顔を赤く染めながら
俯きがちに話す。
「だ、だってそれは、僚があたしや海坊主さんたちにも無断で
勝手に報酬もらってきたから・・・」
「だからそろそろ解禁、いいだろ?」
尚も囁きながら耳元に軽くキスを落とすと、香の身体がぴくっと
震える。
いつもの香ならこのまま僚に身を任せてしまっていただろう。
だが今日の香は美樹とかすみに「甘やかすな!」と後押しされた分、
そう簡単には落ちなかった。
「・・・そういえば、あんたさっき酔っ払って『あんなちゃん』とか
言ってたわよねぇ・・?」
途端に僚の腕がぎくっと緩む。
「へ?そ、そんなこと僚ちゃんいったっけぇ〜・・」
急にしどろもどろになる男に、低い声で香はとどめの一言をさす。
「僚。今日寝る場所、ふっかふかのソファと屋上から簀巻き。
どっちがいい?」
「か、かおりぃ・・・」
「ど、っ、ち?!」
「・・・ふっかふかのソファで寝たいなぁ、ボキ」
「そっ。じゃ、あたしは僚のベッド借りるから。準備してくるわね」
するりと香は僚の腕を抜け、寝室を出てリビングへと歩いていった。
「しょんなぁ〜かおりちゃ〜ん・・・」
がっくりと肩を落としながら男もとぼとぼと寝室を後にし、後ろでに
そのドアを閉めた。
***
な、何なの一体・・・
パタンっとドアが閉まる音がしたのを聞き、美樹は閉じていた目を
ようやく開けることができた。
それと同時に、今日何度目かの息を吐く。
まったく、心配して損しちゃったわ。
先ほどの二人のやりとりを思い出す。
基本のノリは変わらない二人だが、その合間合間に魅せる香の
女の部分。
そして普段外では絶対に見せることのない僚の香への
甘えた姿や仕草。
しっかりラブラブやってるんじゃないの。
・・・しかも、もういくとこまでいってるみたいだし?
でも、いつの間にそんな関係になってたのかしら?
あの会話からして、もう一線越えてから随分経つみたいだけど・・・
そんなことを考えていると、電気の消された部屋の中で、もう一つの
ベッドに寝ているだろうかすみがポツリと呟いた。
「美樹さん。・・・わたし今度、合コンでも行ってみます」
「・・・そうね。それもいいかもね」
暗闇の中でお互いの声だけが響く。
新しい恋愛を始めるきっかけには充分すぎるきっかけに、美樹は
かすみに少しの同情を含みながらもエールを送ったのだった。
まったく。相変わらず人騒がせな二人ね。
お互いの顔は暗くて見えなかったが、美樹とかすみは
どちらからともなく笑いあい、眠りについた。
二人の幸せを、祈りながら―――。
――翌朝――――。
美樹たちが目を覚ましリビングへ向かうと、既に起き出していた
香とともに朝食の準備をした。
香に聞くと、僚はまだ部屋で眠っているらしい。
あれ?確か彼は昨夜、リビングのソファで寝てたはずじゃ・・・?
ふとソファに目をやると、特に誰かが眠っていた痕跡は
見当たらなかった。
そこで「香さんは昨夜どこで寝たの?」と聞くと、急にしどろもどろに
なった香は、「そ、ソファよ!!そこの・・・」とだけ答えた。
かすみはその答えに釈然としないながらも「冴羽さんももっと
香さんを気遣えばいいのに!!」と文句を言いつつ納得したようだが、
一方で美樹はその意味を全て理解した。
恐らく、女が仕掛けたトラップもものともせず、男は部屋への侵入が
成功したのだろう。
確かに美樹は夜中、廊下からかすかな火薬の匂いがするのを
感じていた。
やっぱり、あの男は一度や二度倒れたくらいじゃめげないわね。
そして自分も愛する夫の朝食を作るために、
足早に家路についたのだった。
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