1年365日を何回戻せば、再び彼の笑顔に出会えるのだろう。

少し考えなければわからくなった。それだけ時は過ぎる。









≪with a gentle look -2-≫







***



「ありがと、僚。おかげで助かったわv」


そういってウインクを一つ送ると、途端に男は顔をだらしなくさせて
近づいてくる。


「いやいや〜ボキと冴子の仲じゃないのぉvじゃあ早速今夜にでも
もっこりをば・・・」


「あっそうだった!今日はこの後も仕事が山積みなの。残念だわ」



さらりと男の動きを交わし、手をヒラヒラとさせると、男は
ぶーたれた顔をしてうな垂れた。



「しょんな〜〜りょうちゃん頑張ったのにぃ」



今のこの男の姿を見て、誰がついさっき暴力団の組織を壊滅させた
男と同一人物だと想像できよう。
つくづく謎が多い男。謎によって形作られている危険な
猛獣のような男。



「じゃあそろそろ帰るぞ、僚」



そんな猛獣を使いこなせる、唯一の人物がひょっこりと現れた。


「早く逃げとかないと、足がつく」


「わぁーったよ。それに今日は槇ちゃんの大事な大事な妹の
誕生日だから、だろ?」


彼が驚いた様子で男を見やる。



「覚えてたのか?」


「一ヶ月以上前からプレゼントは何がいいかやらケーキは
どうするかやら騒がれりゃ、いやでも覚えるっつーの」


ぼやく男の顔に彼はふっと笑いかけた。


「わかってんなら、早くしろ」


「まぁーったく。なんで一度も会ったこともないおまぁの
妹のおかげでだなぁ、耳にタコができちまった」


「・・・僚。香さんに会ったことないの?」


僚の吐いた台詞に、私は思わず反応して返す。



「あ〜ん?香っていうのか、その妹??会うどころか写真も
見たこともないぞ。槇村がかたくなにおれに会わせようとしないんだよ。
ま、高校生のガキなんて射程圏外だから関係ないけど〜」


「・・・・。ほら、行くぞ、僚」


「へいへ〜い。じゃ、冴子。報酬忘れんなよ♪」


「もちろんよv」


「どーだか」




二人の男は建物裏に止めてある車に向かって歩き出す。
そのうち一人の背中に向けて私は声をかけた。



「あ、槇村」


「?」


「ちょっと」


槇村は男の方をちらりと見たあと、踵を返して私に近寄ってきた。
もう一人の男はそんな様子に何やらぶつぶつ言いつつもニヤっと笑い、
鼻歌交じりでそのまま車の方へ向かっていった。



「なんだ?」


「あの日ね。私、公園で妹さんに会ったわよ」


「香にか??」


「ええ。向こうは私に気付いてないけど。随分男の子っぽいけど、
元気な可愛らしい子ね」


「ああ、少々元気すぎるくらいだ。もっと女らしくしろと普段から
言ってるんだが・・・」


「あら、あの蕾が咲きほこっちゃったら、また別の心配が増えて
大変よ?」



皮肉めいた目線を私が彼に向けると、彼は深刻そうに頷いた。


「そうなんだよな。香はそこんとこの自覚もまったく無いから
困ってるんだ」


彼の話によると、現に今でさえ彼女に好奇の目で近寄ってくる
同級生などが現れ始めているらしい。
彼女はまったく気がついていないが、そこには影でものすごい勢いで
そんな輩を蹴散らす彼の涙ぐましい働きがあるとか無いとか。
彼いわく、「香に男だなんて、まだ早い!!」んだそうだ。



「でも驚いたわ。僚にも会わせてないなんて」


僚なら100%ロリコンの気はないのである意味安心だ。
いくら彼女が将来有望でも、『未来の女より 、近場のもっこり』
を掲げる男だったら、危険はないだろうに。



「駄目だ!!あんな猛獣の眼の前に香を晒せるか!!」


普段は冷静すぎるほど冷静な彼が、拳を握り声をあらげる。

尚も主張を続けた私に、彼はまるでこれだけは言いたくなかった
というように重々しく口を開いた。






「香は、僚のど真ん中の女だ」








思わず、目が点になってしまった。



「だって香さんって確かまだ・・・」


「17だ」



あまりに彼が真面目な顔をするので、私はつい吹き出してしまった。


「まさか。だって僚ってそれこそ色気あって、髪もロングヘアとかの、
女らしい人が好みじゃないの」


「いや。僚にとってドンピシャなんだよ、香は。僚自身すら気付いてない
かもしれないが、俺にはわかる。だからこそ出来る限り
会わせたくないんだよ、アイツには」


彼は苦々しげに言葉を続ける。


「僚自身頭では自分の好みを違うものと思うのかもしれないが、
アイツの本能は半端じゃない。現に、僚は本能で既に察知している
んじゃないかと思うときすらある。誕生日だって。普段の僚なら
覚えているような情報ではない。アイツの記憶力は凄まじいが、
不必要と判断した情報はとことん覚えようとしない性質だからな。
俺にはわかるんだよ・・・」



彼は真面目な表情を変えないままだった。



確かに彼は不思議な瞳を持っていた。

普段大きな眼鏡に隠れて良く見えないが、誰の心も見通せるような、
本人すら気付いていないような心の奥を見透かすような、そんな
真っ直ぐな眼。それでいてとても穏やかな優しい瞳。

私も彼のそんな眼に見つめられると、何もかもお見通しにされている
気分になることがしばしばあった。




そして彼は最後に一言、


「俺が僚のパートナーを始めたことの、唯一にして最大の誤算だ」




と小さな声で嘆いた。私はこのままだと頭を抱えかねない彼に、
クスリと笑って声をかけた。



「ほら、そんなことより早く帰ってあげたら?
今日は香さんの誕生日なんでしょう?」



その言葉にはっと顔をあげると、私との挨拶もそこそこに彼は
飛ぶように去っていった。


どうやら、私も妹さんにはまだまだ適いそうにないわね。
そんなことを考えながら、私は大きくなってくるパトカーのサイレンと
反対に、どんどんと小さくなっていく車を見つめながら、軽く微笑んだ。








――――――――彼がいなくなる、ちょうど三年前の日。私も彼も確かに笑っていた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜








「ところで香さんは?いないの?」


やっぱり今回ばかりはこの男じゃ埒が明かない。
もともと今回の依頼は彼女を通そうとしてたわけだし。


「え、あぁ香・・・?」


さっきまでと違い、電話口の男の声が妙に弱まる。そこに外の
ノイズにまぎれて、小さいながらもふいに聞こえてきた、あの時と
同じ澄んだ声。



「ん・・・電話?誰から?」


「え、ああ、冴子がな・・・」



電話口の向こうで話す声が聞こえる。
しかしさっきかすかに聞こえた彼女の声から推測するに彼女も
寝起きのようだ。
いつも早起きの彼女にしては珍しい。ということは・・・



「もしもし冴子さん?」


今度ははっきりと自分に向けて発せられた彼女の声が聞こえた。


「香さん、おはよう。朝早くにごめんなさいね」


「依頼なら、お断りを・・・」


「待ってまってっ。今回は香さんを通しての依頼よ。
勿論報酬はお金できっちり払うわ。どうかしら?」



日頃の彼らの生活水準からしてみれば中々潤いをもたさせる金額を
提示する。


「そうですか・・・冴子さんにはこの前の仕事の情報提供して
もらったしなぁ・・う〜ん」


「ね、香さん、お願いv」



あと一押しね。結局は人の好い香さんのこと。報酬さえ
きっちりとした形で払えばきっと引き受けてくれる。
それがわかっている私はダメ押しを試みる。と、そこで急に
電話の向こうで物音がして、香さんの声が小さくなる。



「ちょっ、りょう!?」


「まっ、なに・・・」


しばらく電話の向こうには沈黙が生まれる。するとややあってから
今度は男のすっとぼけた声がした。


「というわけで、今回の依頼はパスってことで〜」


「え、香さんは?ちょっと僚・・・」



『どごーーーーん』




聞きなれた破壊音。その後に妙にワタワタした口調の彼女の声が
再び聞こえてくる。


「さ、冴子さん!!この依頼っ、受けますんでっ」


彼女の声を聞くだけで、恐らく顔を真っ赤にしているだろう彼女の
今の情景が手に取るようにわかってしまう。


「あらそう?さすが香さんね。あの猛獣を飼いならせるのは、
あなたたち兄妹くらいよ」


「あはは、どうも・・・」



照れたような彼女の声が、またすぐ男の声に変わる。


「おいっお前もっこりなしの仕事よこしやがって!!」


「あらいいじゃない?私なんかが払わなくても、
充分間に合ってるんでしょ?」


「・・・」


「きちんと寝させてあげなさいよv」


「・・・うるへー」


少し照れたような男の声。こんな声が聞けるようになるなんて、
誰も昔は想像しなかっただろう。
ただ一人を除いては・・・




「ふふっ。やっぱり流石ね、槇村は」


「あん?なんでそこで槇ちゃんなんだ?」


「いえ、何でもないわ。じゃあ、また詳しく説明しに
午後にでも行くから。お邪魔してごめんなさいね♪」



尚もわめき続ける声をそのままに、電話を切る。
彼と彼女によってもたらされた男の変化に、自然と笑みがこぼれる。







ねえ、槇村?

あなたの危惧していた通りになったわね。
やっぱりあなたの瞳には敵わないわ。
でもあなたにはわかっていたのかもね。
遅かれ早かれ二人がこうなるのは運命だったってことも。
アイツを変えられるのは彼女だってことも。
すべてはお見通しだったのかもしれない。





あなたはもういない。

でもその真っ直ぐな瞳は、きちんと彼女に受け継がれているから。
安心していいわよ。

さすが、あなたが愛情を注いで大事に大事にしていた妹ね。










あと、一つだけ。
今度あなたに会うときには、聞いてみたいことがあるのよ。







ねえ、槇村。あなたのその瞳には、私は一体どう映っていたのかしら。

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