「さ、今夜はぱーっといきましょっ。ぱーっと!!」



「きゃーっ楽しみー!!」



そ、そうよね。たまにはあたしだって・・・



「「「 かんぱーいっ!! 」」」



カチリと三つのグラスが心地いい音をたて、宴が始まった。




≪無理な相談≫




ここは閉店後の『喫茶キャッツアイ』。

いつもなら閉店して一時間後くらいには店の電気も消え、
完全にシャッターもおろされてしまうその場所も、
今夜は一味違った明るい光を放つ。

カウンターに腰掛けるは麗しき女性三人。


まずは勿論当店の女主人・美樹。


そしてその店のアルバイト店員・かすみ。


そして最後は店の常連中の常連客・香。



女が3人よれば「姦しい」とはよくいったもので。
実際はそんなものも通り越したテンションでの会話の
応酬が続いていた。





「うふふっ。たまにはこんなのも良いものよね。
ファルコンがいないのは寂しいけど」


「も〜美樹さんはいつでもマスターのことしか頭に
ないんだから〜v」


「クスッホントね。・・・あーあ、その点では海坊主さんは
安心よねぇ。っでも、今頃僚はいつものスケベ面で鼻の下
伸ばしてるに決まってるわ」


はぁ〜っと軽く息を吐きながら美樹を羨ましそう見つめる香。



「まぁまぁ。今回は冴羽さんもマスターも向こうたってのお誘いに
お呼ばれしにいったんですから」


うな垂れる香をかすみがなだめすかす。


〜〜〜

そう。事の発端は一週間ほど前に片付けた仕事だった。
今回はなかなか規模が大きいものであったため、
僚と海坊主は互いに協力して動いた。
依頼人の感謝のしようは半端じゃなく、その労を報酬以外でも
何かねぎらいたいと依頼主はあることをサービスしてくれた。


それが・・・“キャバクラ一日飲み食いタダ”・・・というもの
だったのだ。ちなみに依頼人は新宿で有名なキャバクラを
取り仕切る社長である。


有無を言わさず僚はその条件に飛びついた。
香はおろか海坊主と美樹の返事も聞かずに
勝手に決めてしまったため、後に3人からものすごい勢いで
絞られていたが・・・。

結局一度OKしたものを断るわけにもいかず、
香と美樹は行かずに、僚と、彼女たちの代わりに
どこからか嗅ぎ付けてきたミック、そして二人の
お目付け役として海坊主が渋々出かけることになった。



一方、残された美樹は、同じく残った香に
「折角女だけなんだから、閉店後ウチで飲まない?」と誘われ、
断る理由なんて特にない香はすぐにOKを出した。
かずえは学会の準備で教授宅にいるため無理だったが、
折角だからかすみちゃんもどう?と美樹が誘ったところ、
喜んで参加することになったのだ。

かくして、女3人の飲み会がスタートしたのである。


〜〜〜


「大丈夫よ。ファルコンもついてるから、冴羽さんも
そこまで暴走できないはずよ」


「そう・・・だけど。アイツのもっこりにかける情熱って
ホント凄まじいものがあるから」



タハハと情けない笑いをあげる香に対して、
かすみは意を決したように顔を上げ、香の顔を覗き込んだ。




「香さん!!私、ずっとずっと聞きたかったことがあるん
ですけど、いいですか!?」




「へ?え、ええ・・・な、何を?かすみちゃん」


かすみは一度ふぅ〜っと息を吐くと、今度は命一杯
息を吸ってから声を出した。




「冴羽さんと香さんって・・・ぶっちゃけ関係はどこまで
いってるんですか?!!」




ぶっ、と香は思わず口に入れたビールを噴出しそうになる。


「へ、ななな、なん、なんで、そんな、こと・・・あたしと、
りょお・・・が?」


「あら、私もぜひともそこんところは聞いてみたいわ!!
ね、ね。香さん、どうなの?」


かすみの質問に美樹も興味津々といった雰囲気で香に詰め寄る。


「どんなの何も・・・僚とあたしは、パートナーよ、パートナー!」


「そんなことはわかってます!!」かすみが間髪いれずに
ピシャリと言い放つ。


「そうよ、香さん。私達の結婚式のときに想いは確かめあったんでしょ?
なのに冴羽さんとあなたって普段ここにいる時とか、
以前とまったく変わらないんですもの」


相変わらず喧嘩して物壊されて・・・と美樹はちょっと
呆れ気味に続ける。



――自分たちの結婚式で、麻酔から目覚めた美樹がまず一番に
安心したのは、夫の無事。そして一番嬉しかったのは、
あの二人がやっと想いを通じ合わせたということだった。
美樹は香の顔を見るなり、怪我人という立場を忘れ思わず
飛びつこうとしてしまったほどだ。
美樹は素直になった二人のその後の幸せを想像し、
涙を浮かべて祝福した。



その後―――。
勘の鋭い美樹にしてみれば、常にポーカーフェイスの僚はまだしも、
隠し事ができない香の顔を見ていれば、二人の間に何らかの進展が
あったことは明らかで。
ただ、具体的にどうなのかはわからなかった。普段は驚くほど
(そして呆れるほど)相変わらず子どもじみた喧嘩を続ける二人を見ていると、
実は二人の関係が進んだというのは、自分の勘違いなのではないかと
最近では思ってしまうときも度々あった。
だからこそ、今回あらためて香に聞いてみたかったのである。

実際、漸く素直になれた僚と香が、二人っきりのとき
どのように過ごしているのか――――。




「キスくらいはもうしてるんですよね??」


「いや、そのぅ・・・/////」



――香は香でここでどう答えるべきか頭を悩ませていた。ここには
かすみがいる。そもそもかすみがキャッツアイで働いているのだって、
僚の心を手に入れるまで一族に帰れないからであって。
彼女は僚に惚れているのだ。

自分の答え方次第ではかすみを傷付けることになってしまう。
かすみはそんな自分を見る香の視線に気付いたのか、
少しくだけた口調で言葉を放った。


「あ、香さん。私に遠慮してるとかは無しですよ!!私も、もう
半ば諦めてるんですから。二人の切っても切れそうに無い絆を、
こうも近くで毎日のように見せ付けられちゃ、冴羽さんの
心奪うのなんてどうでもいいってもんなんですよ」


かすみは香の手をとり握りながら、話を続ける。


「むしろ、今では応援してるんです!二人のこと。二人には
どうしても幸せでいてほしいから。だから、香さんの口から
きちんと知りたいんです。そうすれば、私は本当に、一族にも
縛られない新しい恋愛ができると思うんです」



そう熱く語るかすみの瞳は嘘偽りが無かった。
香はそんなかすみを見て胸が熱くなるのを感じた。
美樹もかすみも、きっと他の人たちも。これだけの人が自分たちを気にかけ、
見守ってくれている。

そのことが香には何よりも嬉しいことのように思えた。




「ありがとう・・・かすみちゃん、美樹さん」


「香さん・・・」


香は意を決して美樹とかすみの双方を見つめて笑いかけた。
そして再び顔を下げ、伏せ目がちにポツリポツリと話し始めた。





「あたしと、僚はね・・・」



カララン♪




何ともいえないタイミングで、ドアが開かれる音がした。
そしてそこには・・・



「あ、ファルコン!!おかえりなさいv」


「美樹、おまえたち、まだやってたのか」


海坊主は素面のようないつもと変わらない様子で店内に入ってくる。


「早かったのね。もうお開き?」


美樹にとっては愛しい夫の帰宅は嬉しいものだったが、かすみは
ようやく聞き出せそうだった気になってしかたなかった事項を
目の前でおあずけを喰らった気分のまま、少し苦笑いを浮かべた。



「いや、あいつらはまだだ。もう、おれにはあんな馬鹿ども
付き合いきれん!!」


フンっと顔を赤くしてそっぽを向く海坊主を見るなり、
香は軽く頭を抑えた。


「やっぱり。ごめんね、海坊主さん。あの馬鹿の面倒かけて」


「いや、おれも連れて引っ張ってきたかったんだが・・・」


「ううん。まぁ、今日だけはね、せっかくの報酬だし。
好きにさせてやるわ・・・じゃあ、そろそろあたし帰るわね」



「ええ!?」

「帰っちゃうの、香さん??」



香のその言葉に、かすみと美樹がほぼ同時に声を上げる。
二人にしてみればようやく香から僚との関係について
聞き出せそうなところなのだ。
香が帰って今この絶好の機会を逃せば、きっとこれからも中々
こんなタイミングにはめぐり合えないだろう。
しかし海坊主が帰って来た今、そしてパートナーの相変わらずの
様子を告げられて落胆する姿から、香がさっきの話を続けようと
しないことは容易に想像がつくわけで・・・



「あっじゃあ、仕切りなおしで今から香さんのアパートで
飲まない??」


美樹が軽く手を打ち明るい声を上げる。


「へ?」


「せっかく今日は女三人で飲んでたわけだし。うちのお酒も残り
少ないのよ。時間もまだまだ早いし、うちは明日定休だし。
ね、駄目かしら、香さん??」


「あ、それいいですね!!私もそうしたいです。香さんも一人で
冴羽さんの帰り待っててもやきもきするだけですよ!!」


かすみも美樹の案に大いに賛同する。


「え、ええ。うちは別にかまわないけど・・・」


二人の勢いに少々押され気味の香はちらりと海坊主の顔をみやる。


「かまわん。おれはもう疲れたから寝る。もしあれだったら
こいつらを泊めてやってくれ」


ありがとう、ファルコンvっと美樹が海坊主に飛びつくと、海坊主は
慌てて美樹の身体を離し、顔を真っ赤にして店の奥へ消えていった。




「じゃあ、もし良かったら、アパートに泊まる?汚いし、狭いし、
布団もキツキツになっちゃうかもだけど・・・」


「「全然かまわないわ!!」」



嬉しそうに声をそろえて言う二人に、段々と香も嬉しくなってくる。
依頼人以外をうちに泊めるなんて、久しぶりだ。
それは友達同士の「お泊り」のようで、ワクワクしてしまう。



そんな香は、さっきまでの自分たちにとって非常に恥ずかしい質問の
やりとりもすっかり忘れてしまっていたのだった。
一方の美樹とかすみは、香同様「お泊り」に心を弾ませながらも、
むしろ先程の質問をしっかり覚えており、その答えを聞きだすことを
心待ちにしていた。


かくして、女三人はキャッツアイを出て、冴羽アパートに
移動したのだった。


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