――――ありゃりゃ。

コレに火ぃつけたら、せっかくのサンタがドロドロに
溶けてっちゃうじゃねえか。



そんな悪態を心の中でつきながらも、おれは手の中にある小さな
「きっかけ」と「言い訳」に、少しだけ口元を緩めた。



あれは、何年前のことだったか――。






≪Christmas 〜In one year〜≫




***


「ぷれぜんとあげるね。ハイっ!」

「・・・へ?」


さっきまでの泣き顔はどこへやら、母親を見つけた途端急に
元気になったボウズは、おれに笑顔で何か小さな物体を
差し出してきた。


「おじちゃん、きょうは“くりすます”だよ!」

「おれはハタチのおにーさんだっ」


おれの反抗もお構いなしに手渡されたのは小さなサンタクロースの
キャンドル。頭の上から紐が出ているので、どうやらそこに火を
つけるらしい。恐らく誰かの手作りなのだろう。
しかしこれに火をつけたら、何とも恐ろしいことになりそうだ。



「・・・ま、もらっとくよ。ありがとな」



突っ込みどころ満載のキャンドルを満足げに渡していった
“小さなサンタ”は、母親の手に引かれてその姿をさらに
小さくしていった。

さてどうしたもんかと思いつつも、手に持ったままの薬袋の存在を
思い出し、と同時になんとも面倒くさい思考がおれの中を支配し始めた。





このキャンドルを渡す格好の人物を、恥ずかしながらおれは
一人知っている。
やっかいなことにその人物が今どこにいるのか、ほぼ100%の
確率でわかっている。

しかしややこしいことに、おれはその人物に渡せるほどの勇気も
素直さも、自信もないことは百も承知。


ましてやこんな日に。


こんな・・・・・・。







いや、

むしろこの方が良いのかもしれない。

おれたちの関係は、ただの仕事上のパートナーで。

特別な日に特別なことをする必要は無いはずだ。



だからこそ。



今日、熱を出してアパートで休んでいる香。

公園で出くわした厄介な迷子のボウズ。

母親探しに付き合ったお礼にもらった小さなプレゼント。



今日起こった全ての出来事をつなげて、今日という日を一緒に
過ごす「言い訳」にできれば。

教授のところまで行ってもらってきた風邪薬を渡すのに、
照れ隠しの道具に使えれば。




おれたちが仕事以外で一緒にいることには「理由」が必要だ。

香の身を守るため。香の買い物に付き合わされるため。おれの
ナンパ癖を正すため。



気がつくとよく一緒にはいるけれど、理由もなく一緒にいることは
出来ない。それが今のおれと香の関係で。




今日という日に必要なのは、「理由」とちょっとばかしの「勇気」だ。





おれは今も香が寝ているであろう自宅に向かって、歩きだした。


手には薬袋と、小さなサンタ。



不思議と足取りは軽かった。









******************









クリスマスになると、香は今も大事にあのキャンドルを飾っている。




「かおり〜もう今年は火ぃ点けてみれば?キャンドルなんだし」

「だってサンタ溶けちゃうじゃない。・・・それに無くなるのやだもん」


「♪〜」


「あっコラ僚!ライター近づけちゃだめだってば!!」





この他愛のない遣り取りも今年で何度目だろうか。

香によっておれの魔の手から守られ、おかげさまで小さなサンタは
健在だ。



結局あの日、寝ている香の枕元に何も言わないまま置いてきて
しまったサンタ。
風邪薬だって、たまたまかずえに会ってもらったことにして
しまったんだよな。


そんなこともあったな。
数年前の自分に呆れながらも、自然と口元が緩む帰り道。

今日の帰り道の足取りも軽い。でもこれは不思議なことでも
なんでもない。





あの時必要だった「理由」なんて今は必要ない。



ただ、今日という日を一緒にいたいから。


そんな素直なセリフはきっと口には出せないだろう。
いくら前よりも素直に香に向き合えるようになったといっても、
この照れくささはどうしようもない。



そして今、手に持っているケーキの言い訳を考えてしまうのも、
それもまたおれの愛嬌ってことで。







◎FIN◎

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