「ただいまぁ」
あの後、いつものナンパにも
気が入らず、俺はリビングのソファで愛読書を
眺めていた。
すると、疲れてはいるがどこか楽しげな香の声が
帰宅を知らせる。

「あれ、リョウいたんだ」
「・・・いちゃ悪りぃかよ」
「別にそうじゃないけど」

リビングに半纏のまま顔を出した香の一言に
少々傷つきながら、俺はごろりとソファの上で香のほうへ
身体を向けた。

祭りを満喫してきたのは、香の表情でわかる。
だが、それが何となく気に食わない。
お邪魔虫が現れず、最後まで香が
祭りを楽しんでいる姿を見届けていれば
こんなにはイライラしなかったかもしれない。

俺が見ていなかった所で香が見せたであろう笑顔
を目撃した奴がいる事が、俺を苛立たせる。
香が楽しめたのだったら良かったことだと
理性はわかっているんだが、感情がついていっていない。
まるで子供じみた感情に、自分自身苦笑するしかない。

「夕飯、少し遅くなるけどいい?」
「・・・あ〜夕飯いらねぇや。リョウちゃん、ちょっくら
出てくるねぇ♪」

この苛立ちを抱えたまま、香と共に夕飯を囲むのは
少々辛い。
しばらく外に出て頭を冷やそうと、すれ違い様に
軽く香の肩を叩いてリビングを出て行こうとした。

「痛っ!」
「どうした?!」
軽く触れただけだというのに、鞭で打たれたかのように
ビクリと肩を竦める香に、帰り際に何か怪我をするような
事があったのではないかと勘ぐりながら有無も言わせず、
肩を確認する。

そこには、赤い擦り傷。
「お前、どうしたんだ。この傷」
「え、傷?」
「血が滲んでるぞ」
全く身に覚えのない表情の香に、少し安堵する。

「なんだ、お前こんなに肩擦りむいて
気づいてなかったのか。香ちゃん、さっすがぁ
反応鈍いねぇ」
「なんですてぇ!失礼なっ」
安心して一気に軽口をたたくと、
即効小さなハンマーが投げつけられた。

そして、俺の前で肩を晒している
今の状況に気づき、恥ずかしくなったのか
顔を赤らめながらそそくさと肩を仕舞う。

「!あ、たぶん御神輿だ。担いでた時、
やっぱり肩に担ぎ棒がぶつかってたみたい。
なんかさぁ、あたしの周り女の子が多くて」
「相変わらず、女の子にはモてるねぇ、香ちゃんは」
「う、うるさいなっ」
だが、傷の原因が俺だというのは
香をからかいながらもすぐに気づいた。

背の高い香は女の子と肩を並べればどうしても、
抜きん出てしまうわけで。
俺があの雑魚共を排除しなければ、香の肩に
あんな傷はできなかったのではないか。

与えたいものは 幸せのはずだ。
だが、実際に与えてしまっているのは
裏目に出てしまう結果ばかり。

こうして俺自身のエゴにより、
人を遠ざけ、傷つけ、それでも
なお俺の手元にも引き寄せすぎないように
時折突き放すような言動。

こいつの幸せを望んでいるはずなのに、
それを邪魔しているかの感情。

「しょうがねぇから、手当てしてやる」
俺のせいで怪我させちまった事に
気がついてもなお、仕方なさそうな演技をしながら
手当てを申し出るしかできない俺。

「え、いいって」
「バァカ、そんなとこ自分じゃうまく貼れねぇだろ。
痛いぞぉ、ちゃんと手当てしてからじゃねぇとシャワーしみるぞぉ」
「・・・じゃ、お願いします」

救急箱を持ってきて、再び傷を見せるように
香に言うと、今度は恥ずかしそうにおずおずと
肩を晒した。
おい、そんな後ろから見てもわかる位真っ赤になるなって。
俺まで恥ずかしくなっちまうだろうが。

落ち着いて見てみると、傷は香の華奢な肩に痛々しく、
柔肌に滲んだ血が俺の心をチクチクと刺す。

「・・・悪かったな」
ついつい零れた謝罪の言葉。
「なぁに、言ってるの〜?あたしが勝手に神輿担いで
傷こさえてきたっていうのに」
けらけらと笑い飛ばしてくれる香は、
俺の所業は知らないからなんだが、
その一言に救われてしまう。

幸せになってほしいのに、
その邪魔になってしまうような俺の行動。

いつまでも傍にいてほしいと思いながら、
望んではいけないと手を放そうとする言動。

どれもこれも白と黒に、
1と0に割り切れない感情と行動ばかり。

「・・・で、こんな傷こさえても楽しかったんだろ?
どうだった祭りは」
「なんか一体感があって、楽しかったよぉ。リョウも参加
すれば良かったのに」
「冗談。リョウちゃん、女神輿なら喜んで参加するけどぉ〜」
「あんたらしいわ。ま、その時はハンマーね」
香の華奢な肩の傷を消毒しながらの会話は、いつものもの。
だが、目の前に香の白い肩が無防備に晒されているこの状態は、
自分の首を絞める事にしかならない。

割り切れない事ばかりのこの世の中。
それなら、今こうして笑いかけてくれる香との時間を
過ごしたいと思う気持ちを最優先し、流れに任せてみるのも
悪くはないかもしれない。
俺はとりあえず、限界が来る前に香の手当てが終わるよう、
心の中で祈った。




>>>>>おまけ
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