パラドックス




「リョウ起きてっ!
あたしこれから出掛けるんだからっ」
「んぁ?」

いつものように香の大きな声で起こされた俺は、
勢いよく剥がされた布団を無意識に
再度奪還しようとしていた手を叩かれ、
しぶしぶ目を開けた。

「うぉ!?おまぁそのカッコどうしたんだ?」
「ん?これ?今日お祭りだから♪」
香が身につけていたのは、普段見慣れない
紺地に白抜きで文字が書かれた半纏。
頭には白と紺のねじり鉢巻き。

「へへ、いいでしょ?」
香は袖の部分を両手で左右に引っ張り、
嬉しそうにくるりとベッドの前でまわって見せた。
半纏の合わせ目から少し覗いたサラシの
白さが寝起きにはまぶしくて、
俺はいつものように悪態をつく。

「まるで、遠足に行くガキだな」
「なんとでも言いなさいっ。あたしはこれから
お祭りに参加してくるから。
あ、朝食は用意はしてあるから温めて食べてね」

「祭り、なぁ・・・」
慌ただしく出て行った香の後ろ姿をぼぉっと見送り、
そう言えば昨日の夕食時に香が嬉しそうに
中央公園の神社で祭りがあり、神輿の事を
話していたのを思い出した。
たしか、商店街の八百屋のオヤジが
神輿を担がないかと香を誘ったと言ってたっけか。

「あの格好してるって事は、あいつも神輿担ぐ気、
だよなぁ・・・」
そこまで思いが到り、頭に浮かんだ情景に
俺は慌ただしく朝飯をかきこみ、
集合場所だと先程香が言っていた場所へと
足を向けてしまった。

「おお、またすごい人出だこと」
遠巻きに見ている見物人の人ごみにまぎれ、
まだ置かれたままになっている神輿を
取り囲んでいる半纏を羽織った
老若男女の人だかりを見廻す。

「あそこか・・・」
香の着ていた半纏を目印に神輿を見つけると、
ちょうど神輿は担がれるところだった。

嫌な予感というのはたいがい当たるもので、
香の周りには案の定香ファンを自称する
この一帯の男共が群がっていた。

「ったく、あいつら性懲りもなく」
香を取り巻く雑魚どもに、舌打ちと共に
香に気付かれないように殺気を送る。
俺の殺気にいち早く気づいた奴ら数人が、
しぶしぶ香から少し離れた担ぎ棒へ取りつく。

神輿担ぐ際、まるで人を担ぎ棒の間に
次々と詰め込めるだけ詰め込もうとしてるかのようで、
まるで押しくらまんじゅうのようだ。


身体の密着度を考えると・・・
正直、あまりおもしろいもんではない。


真っ直ぐになるまで何度も調整されながら、
神輿の渡御がゆっくりと開始された。

まるで皆が酔っ払いになったかのような、千鳥担ぎ。
神輿に寄りかかるようにして、
半纏の人々と神輿が小刻みに進んでゆく。
周りを巻き込み、「おぃっさー!ちょいっさー!」
と普段は聞かれないような元気な掛け声が、
ビルの谷間に響く。
現代文明の象徴である高層ビルの間を進んでゆく、
昔から脈々と受け継がれてきた人々の文化。


・・・あいつも楽しそうだし、そろそろ退散するか。
大方の雑魚を排除したのを確認し、
誰にも気付かれないようにこの場を後にするのが
俺にとってもあいつにとっても良いと
判断した俺は、そのまま立ち去ろうとしていた。

が、タイミングを見計らったように奴が来た。
俺にとっては、最悪のタイミングだ。

「ほぉ、お前も神輿見物か?」
にやにやと笑いながら、首に一眼レフカメラ
をかけた、白いスーツが嫌味な、元相棒。
一番見つかりたくない奴だった。

「・・・んあ?俺はモッコリちゃんがいないかなぁと
思ってな。お前は、まるで外国人観光客だな」
「取材だ。取材。それに、なんとカオリが神輿を
担ぐって聞いたからな♪」
後者が理由だっていうのは、へらりと二ヤけた
表情からわかる。
後で、あのカメラの中のフィルムは消去もんだな。

「ったく、物好きめ」
「んなこと言いながら、しっかり悪い虫の排除に
精を出していたようだが?」

ちっ、少し前から観察されていたようだ。
用事は済んでいる。
だから、長居は無用だ。
36計逃げるに如かず、だ。

「な〜んのことだぁ?さぁて、お目当てのモッコリちゃん
には出会えなかったし、僕ちゃんそろそろ帰ろっと」
「まぁ安心しろ。俺がカオリの事はし〜っかりガード
してやるから♪」
お前が一番やっかいな虫だっつうの。

だが、香の周りにはまだ遠巻きとはいえ先程駆除した虫達が
いるわけで、お互いにけん制状態になればミックも
余計なちょっかいは出せねぇだろ。

そこまで計算して、俺はその場から
まだニヤニヤ笑いをし続けているミックを
見ないようにしながら、逃げ出した。
第三者に対しても、香にさえもさらけ出せずにいる感情を
ひっつかんで。





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