ドッペルゲンガー・パニック




「ったくリョウの奴、また逃げやがったてぇ」
あたしは、怒りが収まらないまま
いつもの定位置であるアルタ前でビラ配りをしていた。

ほぼ90%の割合で目の前でくしゃくしゃと丸められ即席ゴミ
にされてしまうビラだが、ほんの10%の確率にも冴羽商事は
賭けたいほどに家計の底が見えていた。

だからリョウにも今日はビラ配りをするって言っていたのに、
あいつはしっかりと逃げ出し、今に至る。

「冴羽商事です、宜しくお願いしまーす」
もうこうして声を張り上げながら、一時間はここにいる。
一人で行うビラ配りは、持っているチラシの量も倍になってしまい、
疲れも倍増する。

あまりの成果の出なさそうなチラシが、ただのお荷物に思えてくる。
「何か飲んで少し休憩しようかな…」
キャッツに行ってしまうと、もうビラ配りを続ける気力が
なくなりそうだった。
だから、ほんの少し休憩するつもりで
自動販売機で飲み物でも買おうと片手にチラシを持ったまま、
もう片方の手でお財布を取り出そうとした。

「あっ!」
手元が狂ってしまい、足元から少し離れた所にお財布を
落してしまう。
片手に持っているチラシに動きを妨げられ、
拾うのに手間取ってしまった。

その瞬間、目の前からお財布が姿を消した。
一瞬呆然となる。
今月の生活費、入っているのに!

急いで顔をあげると、足早にあたしのお財布を持って、
小走りで走っていくスーツ姿の男性。
ど、泥棒!?
そう思ったけど、男性の言葉にその考えは否定される。

「すみませんっ、財布落としてますよっ!」
どうやら、あの男性は落した相手を間違えたみたいで、
前を歩く女性にあたしのお財布を渡そうとしていた。
ほっ、自分のじゃないからあの女の人も否定してくれるよね・・・

ところがその女性は急いでいたみたいで、ほとんど
お財布を見ずにそのまま受け取り、軽くお礼の会釈だけして
お財布を鞄に入れ、足早に歩き出したのだ。

ちょ、ちょっとっ。
「あれ、お姉さんのだよね。ちょっと待ってて」
ドミノのように次々と起きた予想外の出来事に、
声が出ずにいたあたしの横を、急に若い男の子の声が
通り過ぎた。そして、駈け出してゆく長身の
黒髪の男の子の後ろ姿が視界に映った。

すぐにあたしのお財布を持っている女性の元に
到達し、少し話した後、お財布を持って戻ってきてくれた。
だが彼が振り返った時、あたしはお礼を言うのも忘れて
ただただ彼の顔を凝視することになる。

ちょ、ちょっと、この子、まるで・・・
「はい、お姉さん」
お財布を手渡しながら笑いかけてきた男の子は、
たぶん高校生位。それはいいのよ。
それより、その顔。
まるで、リョウにそっくり!!

「おーい、お姉さん?」
「へ?あ、ありがとう」
目の前にひらひらと翳された手に、我に返る。
「どういたしまして。ところでお姉さん美人だねぇ。
ね、俺と一緒にお茶でもどう?」
その一言に、一気に脱力し、コけそうになる。
性格まで、リョウにそっくりって訳ね。

ま、まさかリョウの子供、って訳ないよね・・・?
少し自信がないながらもこんなに大きな子供が
日本にいるっていうのはどう考えても不自然だし。
なんとか自分を納得させようと、そんな風に
リョウの子供でない理由を頭の中に並べたててみる。

「お姉さん、面白い人だねぇ。百面相、楽しい?」
あたしの顔をのぞいておかしそうに笑う彼の笑顔は、
やっぱりリョウを20歳くらい若返らせた感じ。

「・・・ね、ご両親の名前は?」
「へ?なんで俺の名前の前に親の名前聞くわけ?」
「そ、そうよね。ごめん」
なんか調子が狂う。
それは、やっぱりこの顔のせい。

「まずは俺の名前名乗らせてよ。
俺、柘植弘明。さ、お姉さんお茶いこ、お茶」
何の根拠もないのに、リョウとまったくかぶらない
名前に安心してしまう。

そして、本来の仕事を思い出した。
「だ、駄目よ。あたしは今仕事中なの」
「あ、さっきからやってるビラ配りね。これ終われば終了?
じゃ、手伝うからさ」
「ちょ、ちょっとっ」

残っていたビラの半分以上をごっそりと持つと、
柘植君は本当にビラ配りを手伝ってくれた。

そしてビラ配りを終わった際、彼は笑顔で言った。
「ほら、アルバイト代という事で、お茶付き合ってよ。ね?」
有無も言わせない彼の言葉に、
あたしは、ついうなづいてしまった。


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あ、別の人に間違えて落ちたお財布を渡されちゃうことなんて
ないって思ってません?
実際に定期券で同じような状態に陥り、
何日か定期が手元になかった経験があります、私(笑)
さて見切り発車なので、次を考えないとv


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