君に授かりしは・・・



重厚なダークオークの扉が開き、
男はゆっくりとそのバーに入ってきた。
歩みは淀みなく、カウンターのある
こちらに向かってくる。

俺が手の中のバーボンを飲み干し、
グラスの中で氷が涼しげな音を立てた時、
男は俺の横で立ち止まった。

「隣、いいか?」
「...ヤローは隣に座らせない主義なんだがなぁ」
「相変わらずだなリョウ・・・じゃあ、一つ空けて座らせてもらうよ。
それと、バーボン一杯奢りでどうだ?」
「お前だって、アメリカいた頃と変わらないなリック」
「お互い、そうそう性格は変わらないか」
肩を竦めながら一つ空けてカウンターに座り、
リックはバーテンにバーボンを二つ注文した。

リック・スミス。
アメリカを拠点とする、俺と同じ同業者だった。
燃え立つような赤毛とチョコレートブラウンの瞳を持つ容姿と
激しい気性により、通り名は”FIRE WOLF”。
だが数年前に利き手である左手を撃ち抜かれ、
スィーパーは廃業している。
今はアメリカでも一、ニを争う組織にその切れる頭脳を見込まれ、
ボスの片腕となっているはずだ。

「...で、なんで日本に来たんだぁ?観光って訳、ねぇよな」
「ま、ね。リョウ、依頼したいんだ」
「お前、うちの依頼の方法知らねぇのか?うちはまず、」
「伝言板を通して、キュートなリョウのパートナーが
まず依頼を請ける、だろ?」
「...キュートってとこは間違ってるが、な」
「素直じゃないのも、相変わらずだな。
ただ、その依頼経路だと請けてもらえそうも無い依頼でね。
で、こうして依頼しに来たわけだ」

「...殺しか?」
自然と、声が低くなる。
リックが、首を小さく縦に振りYESの意思表示。
確かに、香経由ではこの手の依頼は基本請けない。請けたくない。

もちろん、請けるにしても依頼内容による。
このバーなら、この手の話も大丈夫だ。
グラスを手の中で弄びながら、先を促す。
「続けろよ」
「OK。恥ずかしながら、うちの組織内で不穏な動きを幹部の
フランツがしている。そいつを、ヒットして欲しい。
もちろん、ボスもその事は了承済みだ」
「リック、お前確か両手使えたよな?
利き手が駄目でも、それ位の仕事は自分でできるんじゃ...」
「NO!あいつは確実に仕留めないといけないんだ!絶対に!!」

それまでリックが纏っていた穏やかな気配は、一気に熱を帯びる。
もともと気性は激しい事で有名だったが...何か、あるか?
俺の視線に気付いたリックは、すぐにその炎のように燃え上がった感情を
覆い隠した。

「...いや、俺の左手の牙は、すでに折れている。
確実に、不安要素は無くしたいんだ」
そして、自嘲的な笑み。
瞳に映る、複雑な感情。
スィーパーとして生ききれなかっただけには、見えなかった。

「返事は、明日でいいか?」
「もちろん。じゃ、また明日このバーで落ちあおう」


昔馴染みとはいえ、依頼を鵜呑みにするのは危険だ。
この世界、昨日の同胞が今日の敵になる事はよくあるし、な。
裏を取る為に情報屋から買った情報によると、ターゲットの
フランツは確かに野心家であり、今月末にあるボスの孫娘の
結婚式で一騒動起こすつもりらしい。

そして、もう一つわかった事がある。
それはその孫娘が、リックの元恋人であること。
左手を壊してから、リックから距離を置くようになったようだ。
自分の右手に自信が持てず、守りきれないと判断したか...
リックの複雑な表情は未練、か?
そして、彼女の結婚式を無事挙げさせる事が、あいつなりの
愛しい者へはなむけという所か・・・


翌日、俺はリックの依頼を請けた。


>>>>>Next
Back