ダンスをもう一度 2



どうしてこんな事になっちゃったんだろ。
あたしは今日会ったばかりの飯嶋さんに愛想笑いを浮かべて
話に相槌を打ちながら、そんな事を考えていた。


事の発端はいつもと変わらないリョウとの口喧嘩だった。
いつものように口の悪いリョウが色気がないなどとからかって
きたのだ。
その後もいつものパターンであればハンマーで
許してあげるんだけど、その時のあたしはそれができなかった。
だからハンマーもせず、アパートを飛び出してしまった。

理由はいたって単純で、先日解決したばっかりの依頼人、未来さんとの
あまりの扱いの違いを感じちゃったから。
そんなのいつもの事なんだけど、やっぱり優しくされない事が
こたえる時はある訳で、悲しくなってアパートを飛び出してしまった。

ただのヤキモチだという自覚もあるし、猛烈なアプローチを
受けたにもかかわらず、未来さんとはあたしが知らないだけかもしれない
けど何もなかったみたいだし…
今までだってそんな事は何度もあったのに、今までと何が違うのか
自分でもわからない。

ただ、あの多摩での事があってから欲張りになったあたしが心の中で叫んでいた。

もっとリョウに近づきたい。
もっとリョウに優しくされたい。

でも、日常の二人はいつまでも変わらなくて…
前は今のままでずっと一緒にいられたらって思ってたのに、
いつの間にか欲張りになったあたしがいる。
リョウが依頼人の美女に優しいなんて日常茶飯事なのに…
いつの間にか膨れてしまった独占欲と嫉妬にあたし自身が戸惑い、
あたし自身がそんな狭い自分の了見に嫌悪を感じていた。
そして、今日みたいに自分の感情をコントロールできなくなってしまう。

未来さんの依頼を受ける前の数ヶ月、ふとした瞬間に
今までは見えづらかったリョウの優しい視線とかを感じていたから、
余計に欲張りになったのかな。

そんな取り留めない事をぼーっと考えながら歩いてて出会ったのが、
たまたま打ち合わせの合間に息抜きで出てきた絵梨子。
あたしの表情を見るなり、仕事はいいの?って聞いてるあたしを無視して
そのまま仕事場の一角の部屋へと連行された。

絵梨子はすぐにリョウへと怒りのまま電話をかけると、
こちらにも考えがあるからっ!とタンカをきって勢いよく電話を切った。
リョウ、電話の向こうで困ってるだろうな。
未来さんと今日のやり取りを結びつけるものなんて何もないし。

電話を切った後、絵梨子はすぐ助手さん達に何やらテキパキと指示を出し始めた。
ファッションの事が思考の中心にある絵梨子のことだし、
ここに連れてこられた時点でなんとなーく何をされるかわかるけど。

渦中のど真ん中にいるはずなのに、一人取り残された感のあたし。
こっちに座って下さいと指示されて、いつものようにされるままに
化粧をされて鏡の中のあたしが変わっていく。
そして、出来上がったいつもと違うあたし。

「はい、香これに着替えてね」
「これって…!」
渡されたのは、あの変身してリョウとデートした時の思い出の服。
うちに置いておいても着る機会がないし、絵梨子に預けていたんだけど…

「絵梨子、もうあたしはあたしじゃない状態でリョウと会うつもり
ないのよ」
「今回は変装させる気ないわよ。あの時は香に髪をのばすの勧めたけど、
やっぱりショートのほうが香らしいし、カツラつけて変装しなくても
十分香は魅力的なんだから。あ、でも今回は少しラフな感じに
したいからイヤリングは前のと同じだけど、ベルトとネックレスはこれね」

服と一緒に渡されたのは、あの時いつの間にか落としたはずなのに
戻ってきたイヤリングと、太めのベルト、そして長めの2連のパールネックレス。
「ほらさっさと着替えてね。時間がないんだから」
「時間がないってどこか行くの?」
「合コン」
一言それだけいうと、忙しそうに部屋を出て行こうとしている
絵梨子を慌てて引き止める。
「え!!?な、なにそれ?どういう話の流れな訳?」
「香はもっと周りを見るべきよ。しかも、香は自分の魅力を
一度実感したほうがいいのよ。だから出会いの場として
あたしがセッティングしてあげるから、ね?
時間までに仕事区切りつけてくるから、ちゃんと着替えておいてよ」
そんなことしてくれなくていいぃ〜〜!!
言うことだけ言って、さっさと仕事に戻っていった絵梨子。

取り残され、助手さん達に半強制的に着替えさせられたあたし。
最初は少し抵抗したけど、あたしを着替えさせないと絵梨子に怒られちゃう
って助手さん達に泣き落とされた。

…で、連れてこられたのがクリスタルというレストラン。
とってもおしゃれなお店で、昼間はオープンカフェに
なっているのを何度か見かけてかわいいお店だなぁってつねづね
思ってたりしてた。
もちろん、高そうだったから入ったことはなかったけど。

しかも、絵梨子らしいというかなんというか、貸切。
さすがエリ・北原。
今日合コンやるって決めたはずなのに…
昔から行動早かったからなぁ絵梨子は。
しかも宣言した通りそこには合コンらしく同人数の男女が揃っている。
絵梨子の仕事仲間らしいから、みんなおしゃれ。
しかも何か絵梨子に何か吹き込まれてるのか、さっきから
私の周りには男の人達が集まってる。
何か言ってあるんでしょ?って絵梨子に言ったら
何言ってるのそれは香の魅力でしょ?って一蹴されたけど。

そりゃあみんな素敵な人達よ?
絶対リョウは着ないようなおしゃれな服装だし、
絶対リョウが言わないようなお世辞言ってくれるし…

でも、ね。やっぱりリョウじゃない…
私が誉めて欲しいのは、この洗練された人達じゃなくて、
リョウだって改めて思ってしまった。

さっきから気を使って横にいて話かけてくれる飯嶋さん
の話も半分も耳に入ってこない。
愛想笑いも顔に張り付いて徐々に強張ってきた。

そんな時、入り口のほうでざわめきが起きた。
店員さんのあせった声が聞こえてくる。
「お客様、申し訳ありませんが今日は貸切でして…」


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