ダンスをもう一度 1



なんでこんな事になっちまったんだ。
俺はガラスの向こう側に座っている香を見遣りながら、本日もう何度目か
わからないため息と共にガシガシと頭をかきむしった。


事の発端はいつもと変わらない香との口喧嘩だった。
いつものように素直じゃない俺が色気がないと香をからかい、
怒らせたのだ。
その後もいつものパターンであればその場でハンマーで
大人しくつぶされれば香の怒りはチャラになるはずだったんだ。
だが今日のあいつはなぜかハンマーを取り出さず、
そのままアパートを飛び出していっちまった。

まだ時間が夕方だったし、俺が素直に謝れるわけもなく、追い掛けて
飛び出していく直前に見せた夜の湖のような悲しみに揺らめく瞳を
正面から見る勇気のなかった俺は、
一人リビングのソファーに仰向けに寝転がって
煙草の煙をむやみやたらにふかしていた。

いつの間にか時は夕刻から黄昏、夕闇へと移り変わり、リビングに差し込む光も
人工的なネオンへと変化していた。

どーすっかなぁ。
あんな顔をさせたかった訳じゃなかった。
いつもと変わりないやり取りを俺的には楽しんでいただけだった。
そのはずだったんだが、その中の何かが香の心に爪をたてたことは
あの表情を見れば一目瞭然なわけで。
謝る言葉も傷つけてしまったきっかけの言葉もわからず、
俺は途方に暮れていた。

…これじゃ迷い子だな。
いつから俺はこんなに女々しくなっちまったんだ?
たかが女一人の言動にここまで悩むようになるなんてな。
そんな自分を鼻で笑っているとリビングの電話が鳴った。

「はい冴羽商事…」
「冴羽さん?!私絵梨子だけど!」
俺の言葉に被せるように怒気を含んだ香の親友の声が耳に飛び込んできた。
「あ〜どったの、絵梨子さん」
「どーしたもこーしたもないわよ!香に何言ったのよ!」
どうやら香から今日の話を聞いたらしい絵梨子のまくし立てる声が
受話器の向こう側から怒鳴りつけてきた。
「別に〜。なーんにも」
「何もなくてあんなに香が落ち込むワケないでしょ!?」
香がなんであんな悲しそうな表情をしたかわからない俺には
おちゃらけてそう答えるしかなかったんだが、その言葉がさらに
絵梨子さんの怒りの導火線に点火しちまったようだった。

「そんなんだからあんな表情を香にさせちゃうのよ!…そんなに
香を大事にできないって言うんだったら私にも考えがあるんだから。
今日は一日香借りますからねっ!!今日は返さないから!」
がしゃん!!
怒りにまかせて叩き切られた電話。
借りるって香は俺のもんじゃねぇし…
取り残された感のある俺は、受話器を手にそんなまぬけな
答えをつぶやいちまった。

それにしても…今日は返さねぇってもう夜だぜ?
自分のうちに香を泊めるってことか?
その割には『私にも考えが…』っていうフレーズが
引っ掛かった。
どーせ香におしゃれさせて俺を見返そうっていうのが
お決まりのパターンだが、どうもいつもより怒りの度合いが
違う気がした。
それに香のあの悲しげな瞳がまだ俺の前にちらついている。
ちょっと情報取ってくるか。
俺は上着をひっかけると、夜の街に出かけた。

「ちょっとリョウちゃん!」
街に出ると、すぐに靴磨きのテツが声をかけてきた。
香のファンはなぜか多く、あいつの情報だと俺が探し
回らなくても向こうから駆けてくる。
いやむしろ無理やり押し付けられる情報も多々ある。
この情報屋も例に漏れず、香ファンの一人だ。
いつもなら値段を釣り上げる為に少々情報を出し渋るのに、
香の情報となるとまるで孫娘の心配をするみたいに逐一
俺の所に報告にくる。
「リョウちゃん、とうとう香ちゃんに愛想つかされたのかい?」
「…愛想つかすのは俺のほうだってぇの」
「またまた、そんな事言って。なんか怒らせたのかい?あの
香ちゃんが合コンだなんて似合わなすぎるよ」
「あん?何だって?」
「だから、香ちゃんが新宿通りから一本入った所のクリスタルっていう
レストランで合コンしてるんだよ」

それを聞いて、俺はため息をついた。
絵梨子さんの考えが見えてきた。そういうことか。
「サンキュてっつあん」
「もちろん、迎えに行くんだろ?」
全く、どいつもこいつもなんで香と俺をくっつけたがるのかねぇ。
俺は振り向かず、手だけあげて返事をするとクリスタルへ向かった。


そこで見たものは、合コンというよりパーティーだった。
30人ほど入ればいっぱいになるくらいのレストランは貸し切られて
おり、店内には20人の男女が1対1の割合で談笑していた。
しかし、店内の人口密度は均等ではなく、
ある一角だけに一人の女性を中心に男の輪ができていた。

中心にいるのは、あの一夜限りのシンデレラを演じて
いた時に身にまとっていた服装の香。
あの時と違うのは、カツラをつけていない事と多少ラフに
見える装身具を身につけていることだけだ。

そんな香を中心に今にも抱き寄せんばかりの男どもが
群がっている。
そこの男!!おまえ香の肩に気安くさわんなっ!
おい、そこのにやけ顔のお前、そんなに顔を
香に近づけて話し掛けるな!
アクセサリーを誉めるのに香の耳に触るなっ!

せめてもの救いは香がその状況を楽しんでいない事。
あいつの表情からそれがわかる。

こんなに詳細に店内の様子が伺えるのはもちろん
俺の目がいい事もあるが、昼間はオープンカフェとなる為に
全面ガラス張りになっている店の造りのせいもある。

ぜってぇ絵梨子さん、しっかり店内が外から見える事を
計算に入れてここに決めたな…全く、やってくれるぜ。
絵梨子さんの策略に見事に乗せられ、(自覚はある)
俺はシンデレラを奪いに乗り込む覚悟を決めた。


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