「もうなんなのあのドラマ!私のデザインした服を着るのなら、
もっとマシなコーディネートしてほしいわ、まったく!」


「でね、あのドラマでもっとありえないのが・・・って
ちょっと聞いてる香っ!?」


「聞いてるってば!もー絵梨子ったら」





 ≪ Strong Tea 〜ありえないはなし〜≫ 






憤慨する私をよそに、香はクスクスと笑いながら紅茶に
口をつけている。


うーん。

こうして久々に香と会って見ると、やっぱり私のブランドモデルに
ぴったり。ほんともったいないわ。
っていうか香ったら、ここのところますます綺麗になったんじゃない?
あ、昔っから綺麗は綺麗だったんだけど・・・なんていうのかしら。
色気?とにかく女らしくなったわよね。
あくまで『仕事上のパートナー』と言い張る相手と、とうとう
何かあったのかしら。

久々に会う親友からどことなく感じる幸せそうな雰囲気に、
ふっと頬を緩ませる。





―――私、北原 絵梨子は今日、高校時代の親友の自宅へ
お邪魔している。
とある事件がきっかけでせっかく再会できたというのに、普段は
私の仕事が忙しくて中々会って話すことができない。

・・・彼女達は案外いつでも暇そうだけど。

なので今日は、たまたま近くの場所で行われたショーの
打ち合わせ終わりに、少し時間が出来たので電話をして
みたところ、案の定自宅にいるというので押しかけたってわけ。


突然の訪問にもかかわらず、親友の香はいつもの笑顔で迎えて
くれた。
そして香のパートナーで、私の恩人でもある冴羽さんも
相変わらずのスケベ顔で迎えてくれた。
(即刻香のハンマーによって潰されていたけど)

そして私と香は、香が入れてくれた紅茶を飲みながら久々の
お喋りを始めた。
さきほどの香のハンマーによって大人しくなった冴羽さんは
ソファに寝転がって本を読んでいるみたい。
まぁ、どんな本だか、大体予想はつくのが悲しいけど。




***





「絵梨子の頭の中は相変わらず、ファッションのことでいっぱいね」


濃い目の紅茶を一口飲んでふぅっと軽く息を吐くと、
香が笑いかける。



「当然よ!私からファッションを切り離したら何も残らないわね、多分」

「・・・さすが世界のエリ・キタハラ。本当にそうかもと思えてしまうから怖い」



そう。
プロのファッションデザイナー・『北原エリ』としては、自分が
作り上げた服たちはいわば自分の子供のようなもの。
そんな手塩にかけた子供達を、あんな野暮ったく扱ったドラマなんて、
許せるもんじゃないわ。


それに、あのドラマにはもっと許せないことが・・・・




「そういえばさっき絵梨子言ってたよね?あのドラマの
『もっとありえない』こととかなんとか・・・?」


「そう!今私もそれ言おうと思ってたとこ。それがねぇ・・・
あのドラマの内容よ!」


「へ?内容?」



「そうよ!」と、私はつい大きな声で返事をしてしまう。

先ほどから話題に上がっているドラマは若者から中高年まで比較的
人気の高いらしい、一組の男女が織り成す純愛ラブストーリー。
私のデザインした服が使われているというから、仕事終わりに
たまたま観てみたらそのコーディネートは最悪で私は思わず頭を
抱えたのだが。
そしてちょうどドラマは佳境に入ったところだったらしい。




――駅のホーム。発射ベルが鳴り、男だけが新幹線に乗り込み、
女はそれを目に涙を溜めて見送る。

ドアが閉まり、ガラス越しに見つめあう男女。そして・・・・。





「ガラス越しのキスよ!!??信じられる??今時ありえないわよ!!
ねぇっ?」






ぶっ・・・・ゴホゴホっ。



ガサッガサササッ











ん?

何やら盛大な音が2箇所くらいから同時に聞こえたんだけど。





「・・・あら香、どうしたの大丈夫??」


「ごほっ・・・だ、だいじょうぶ。ごめんごめん」



突然飲んでいた紅茶にむせた香を介抱しながらもうひとつ音がした方を
ちらりと確認すると、後ろのソファで冴羽さんが落ちて散らばった本を
寝転がったまま拾い上げている。

あら、まだ冴羽さんそこにいたのね。

あんな姿勢でそんな本なんて読んでるから落とすのよ、まったく。

そんな親友のパートナーを見ながら軽く息を吐いていると、ようやく
少し落ち着いた様子の香が口を開いた。



「で、でもさ。別にいいんじゃない?ガラス越しの・・・っていうのも、、」


「何言ってるのよ。ガラス越しにときめくなんていつの時代の話よ」


「・・・ホラ、今の時代だからこそ、逆に情緒があるっていうか、
なんていうか」



「第一、キスってのは直接してなんぼのもんでしょ?」


「ちょ、ちょくせっ・・・つ!?そうなのか・・・なぁ」




うーん、と小さく唸りながら伏し目がちに残り少なくなった紅茶を
啜る香。



あら、香って意外とロマンチストだったのかしら。それともあのドラマ
実は観ていてあのシーンに感動してたとか?
でもさっきドラマの話始めたら「観てない」って言ってたわよね。



「とにかく!そういうもんよ。ガラス越しのキスなんてねぇ・・・
ね、冴羽さんもそう思うでしょ??」



瞬間、なぜかビクッと香の肩が少し揺れた様な気がした。

けどこのまま香と話してたんじゃ埒が明かないわ。
そう思い、私はおもむろに再び読書を再開したらしい冴羽さんに
話を振ってみたのだ。





しかし、訊いてみたは良いものの冴羽さんはずっと寝転んで本を
読んでいる姿勢のまま、答えが全く返ってこない。
読書に夢中でさっきの私の声聞こえてなかったのかしら。


まぁいいわ。

そう思って再び香に向き直ろうとしたそのとき、大分間延びした返事が
後ろから返ってきた。









「そりゃあ、男は直の方がいいに決まってんだろ」






「っ!!!」






ガタガタガタッ






「香?どうしたの急に立ち上がって・・・」



「そ、そそそそうなの!??」





急に香は立ち上がって素っ頓狂な声を上げたかと思うと、そのまま
忙しない動きを繰り返している。
香によって続けて放たれた言葉も、上擦っていてあまり
良く聞き取れない。
そこへ再び冴羽さんののんびりした声。あくまでも目線は本に
向けられたまま。







「少なくともおれは、そう思うけど?」










・・・ストン。








今度は気が抜けたように椅子に腰を落とし、香はそのまま固まって
しまった。
私は恐る恐る声をかける。



「ちょっと、香?どうしたの?」




「・・・・へっ!?べべべべつにっ何でもない!そっかそうよね、
確かに変かもそのドラマ!あはははは・・・あっそうだ!
私掲示板チェ ックしに行かないと!!」



息継ぎもせずにそこまで言い切ると、両手をパンと叩いて再びすごい
勢いで立ち上がる。



「え?でもさっき見てきて何も無かったって言ってなかった?
香・・・」


「あ、いや、えっと。掲示板はチェックできるときに何度も見て
おかないと。依頼主に何かあってからじゃ遅いし」


うんうん、と自分自身の言葉に納得するかのように頷くと、香は
おもむろに席を立つ。



「じゃ、そういうわけだから絵梨子ほんとごめんっまた今度!
ご飯でも行こうよ。あたし電話するからっ」


「え、えぇ・・・ってちょっと、香ぃ??」




急にどうしちゃったのかしら?今の今まで普段の香だったわよね??

私の頭の中では大量の「?」が飛び交っていたが、ずんずんと
ものすごい勢いで玄関へ向かう香の後ろをとりあえず小走りで
追いかける。

それにさっきちらりと見えた香の頬は、どことなく
赤く染まっていたような・・・?






そんな挙動不審な香にすっかり気をとられていた私は、未だ後ろの
ソファにのんびり寝転んでいる冴羽さんが、頭に本を被せたまま
ククク・・・と笑いを噛み殺していたことなんて、知る由もなかった。









◎FIN◎

Back