夜に溶けた酔っ払い達の呟き




「リョウ〜、お前いい加減にしろよなぁ」
胸ぐらをつかんできたミックの目は、座っている。

ねこまんまでいつものように競うように
どんちゃん騒ぎした後、そのまま流れてきた
バーのカウンターでの事だ。

「あーん?な〜んの事だぁ?」
「ったく、惚けんじゃねぇよ。
大事に大事にしているお前の宝物だよ!」
「あー、あのお宝ビデオかぁ。
だめだからなぁ、あれは見せねぇぜぇ、ぐふふ」

すかさず、後ろからラリアットが降ってくる。
カウンターに頭が激突する寸前で、
俺は前のめりになった身体を支えた。

「あっぶねぇじゃねぇか!何しやがる!!」
「うっせぇ!!お前がすっとぼけた事言いやがるからじゃねぇか!」
「訳わかんねぇ事言ってんのはお前じゃねぇか!」
「いつまで待たせる気だって言ってんだよ!お・れ・は!」
「はぁ〜?!お前何言ってるわけぇ?リョウちゃん、わかんな〜い」

胸倉をつかみ合ってにらみ合っていたが、
マスターの控えめな咳払いに
お互い突き飛ばすように手を離すと
再びカウンターチェアに腰を下ろす。

「・・・俺はなぁ、今日彼女がすっげぇ悲しそうな表情で
歩いてるの見ちまったんだよ。
いいかげん、俺のこの気持ちに
ちゃんと決着つけさせてくれよ・・・」
カウンターに突っ伏すように呟いたミックの言葉は、
そのままイビキに変わった。

「冴羽様、そろそろお二人共お帰りになられたほうがよろしいかと。
愛する方の元へ」
「マスターまでやめてくれよ。
・・・悪かったな、騒いで。ほら、いくぞミック」
ミックを担ぎ、マスターの穏やかな笑みに見送られながら
バーを出た。

無言で歩いていると、ミックが見かけたであろう香の表情が浮かぶ。
たぶん、あいつは街中を唇を噛み締めながら
歩いていただろうと、容易に想像がつく。
瞳に涙も浮かんでいたかもしれない。

無論、悪いのは俺だ。
照れ隠しに、傷つくのをわかってて投げつけた言葉。
口から飛び出た後に言い過ぎたと後悔しても、
引っ込められない。

香が、飛び出す直前に見せた表情が、目の前をちらつく。

何も考えずに抱き寄せたら、あんな表情をさせずにすんだのか。
それとも、幸せに出来ないのなら、やはり手元に
置いておくべきではないのか・・・

いつの間にか、アパートの前に到着していた。
「ミック、ついたぞ。いいかげん、自分の足で歩けよな」
「・・・おぉ。なぁリョウ、カオリの笑顔には
お前が側にいる事が必要だと思うぞ、悔しい事実だがな。
んじゃなぁ〜」
ミックはそんな言葉を呟くと、
フラフラと我が家へと入っていった。

「ったく、なんだってんだよ」
俺は何も言い返す間もなかった事に、悪態をついた。


「香、寝ちまってるよな」
抜き足差し足でアパートに入り、そのまま香の気配のする
方向へと向かった。
香の部屋の前に立つと、定期的な呼吸を繰り返す
穏やかな気を確認し、ちゃんとべッドで眠りに
ついている事に安堵する。

いつもなら、このまま自分の部屋へ向かうのだが、
扉を開けたのはアルコールのせいだったのかもしれない。

ベッドには、心持ち悲しげな面持ちで寝入る香の姿。
「悪かったよ・・・言い過ぎた」
香の枕元に立つと、自然とそんな言葉が口についた。

アルコールが素直な気持ちを吐露させるのか、
香が聞いていないとわかっているからなのか。

「ん・・・」
願望のまま香の髪に触れていると、
寝返りを打った香がなぜか手を伸ばしてきた。
「お、おい!?」
腕を掴まれ、俺は危うくベッドに倒れこみそうになり、
ベッド脇にずるずると座りこんだ。
腕は、掴まれたまま。

そっと香の寝顔を覗き込むと、
しっかりと抱き枕よろしく俺の腕を抱いたまま、
先程とは打って変わって穏やかな寝顔。

腕を外そうとしたが、思いのほかしっかりと
抱き込まれていて叶わない。

「おいおい、このまま夜明けかぁ。冗談じゃねぇ」
香は、あいかわらず幸せそうな寝顔で寝てやがる。
見ていたら、おかしな気になっちまうじゃねぇか。
ついた悪態も、役に立ちゃしねぇ。

「ったく、朝になったらハンマーかぁ」
それでも、今香の口元に笑みがあるだけで
まぁいいかと思っちまうのは・・・
「自己満足だろうな」

そして、今俺が側にいる事で
香が笑顔でいてくれると楽観的に思うのは、
おせっかいなヤツの言葉と
アルコールのせいかもしれない。

泣かせた代償に、生殺しの夜。
「甘んじて受けようじゃねぇか・・・」
呟きは、夜に溶けていった。


fin

このところ、ずーっとずーっとリョウとミックのバーでの
シーンが書きたかったのに書けずにいたので、
一ヶ月ぐらい私の頭の中で二人は飲みつづけてました(笑)


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