舞台は誰のため―Kaori sideー 『リョウ、ごめんね』 『気にするな』 いつものようにあたしが拉致られたばっかりに、 リョウが怪我をした。 なのに、あたしの頭をくしゃりと優しく 撫でてくれたリョウの大きな手は すごく温かくて、余計あたしを悲しくさせた。 いつか、リョウの役に立ちたいと思いながら、 一向に実現できない。 こんな時、あたし自身があまりの不甲斐なさに あたしを許せなくなる。 いつもよりも優しいリョウに、優しくしないでと 言いたくなる。 アパートに戻ってきた後も、あたしは まだ気持ちを切り替えられずにいた。 「ね、ねぇリョウコーヒー飲む?」 「・・・じゃあ、頼むわ」 このままではリョウにまた気を遣わせてしまう。 コーヒーを淹れる事を理由に、あたしは リビングから逃げ出してしまった。 ◇◇◇ あ?、リョウを余計心配させてどうすんのよ。 本当、ポーカーフェイスを手に入れられるのなら 何としてでも手に入れたいもんだわ。 「はぁ・・・」 「なぁに、コーヒー淹れんのに疲れきってんだぁ」 サイフォンからのコポコポという音を聞きながら、 無意識に漏れていた溜息を陽気な声に指摘され、 あたしは反射的に顔をあげた。 「そんなに今日の事で負い目感じてんのかぁ??」 「そ、そんな事、ないって」 先程とは打って変わったリョウの声のトーンに 戸惑いながらもすぐに否定で言い返したけど、 説得力がないったらありゃしない。 「よし、そんなにお前が今日の事を悪いと思うんだったら、 そんなお前の気を楽にしてやろうっ!ようはペナルティだな。 それでチャラだ。うん、うん俺って優しいなぁ。 しかも、選択権付きっ」 「な、何?」 一体リョウったらどうしたって言うの? ハイテンションのまま朗々と話し続けるリョウは、 まるで舞台の上の俳優みたいだ。 ・・・でも、もしかしなくても あたしの気を楽にしてくれようとしてる・・・? 「まぁこの中から好きなのを選べ。まずひとぉーつッ 1年間男の依頼を請けないっ」 「そんな事っ」 たぶん、リョウがこんな風におちゃらけてみせて あたしが凹むのを紛らわせてくれようとしているのは 真実だ。 だけど生活を圧迫しかねない条件に、 ついつい本気で否定の声を上げようとしてしまう。 「ふたぁーつッ、半年ハンマーを俺に使用しないっ」 「む、むむ・・・」 二つ目も、子供の頃からほとんど一心同体の ハンマーを使用しないなんて、あたしにとっては 不可能に近い条件。 たとえ飲んだとしても、完遂なんてできそうにないし・・・ 「みぃーっつッ、1ヶ月ツケで飲んでも口を挟まないっ」 これも、今の冴羽商事の家計簿を頭に浮かべれば 到底首を縦に振る事はできないし・・・ せめて、これでリョウがあたしを気遣う心配が 少しでも軽くなるのなら、条件を飲んであげたい。 せめて、実際に実現できるような条件だったら、 迷わず選ぶのに・・・ 「よぉーつっ、これで最後だっ。 五分間俺の口にキスをするっ」 「へっ?!」 一瞬、聞き間違えかと思った。 キ、キスッ!?だ、誰と誰が?! って、この状態での登場人物は リョウとあたしの訳で… 一気に上気する顔を押えながら、 頭の中に4つ目の条件がぐるぐると回る。 ・・・そして、第三者的にこの条件だったら ちゃんと守れると冷静に分析しているもう一人の あたしが心の中に確かにいて・・・ 「さて、どれを選ぶ?」 リョウが覗きこんできたのをタイミングに、 あたしの心は決まった。 「・・・わかった。じゃあ4つ目を選ぶ」 「ほうほう、4つ目を・・・だぁ?! 4つ目だと?お前数間違えてねぇか?!」 リョウの声がひっくり返る。 その慌てぶりに、逆にあたしの心の 波風は静まっていった。心が定まる。 「間違えてないよ。だって、他の3つは どう考えてもうちの家計じゃ実現できないし、 できないものをペナルティにしても しょうがないじゃない」 あたしにとっては、ペナルティでもなんでもないけど。 逆に、リョウにとっては冗談でしかなかった 条件を選ばれてしまって、困惑しているのが 固まってしまった表情から垣間見えた。 少し、気持ちが沈む。 それでも、これはペナルティなんだから・・・ と自分を宥めた。 「じゃ、じゃあじっとしてなさいよ」 少し背伸びして目を閉じて、ゆっくりとリョウの 唇に押し付ける。 電気が走ったように、唇がビリビリする。 それが、あたし自身の緊張によるものだと 気づくのにしばらくかかった。 思考回路は、ショート寸前だ。 ペナルティだというのに、あたしが 嬉しがってどうするの。 そう思いながらも、顔が真っ赤になるのを 止められない。 「ペナルティは、なしだ」 だから、耳元でうるさい自分の心臓の音で 囁かれたその一言は、一瞬何を言われたか理解できなかった。 そして、その後再び荒々しく口を塞がれ、 唇の隙間から差し込まれた舌に翻弄され、 状況が理解できないままに心も身体も 竜巻に巻き込まれたかのようになってしまった。 お互い独擅場を決め込もうとしていたのに、 それがいつの間にか二人舞台へと変わっていた事を 理解したのは、後の話。 FIN <<あとがき>> あおらさんのリクエスト『舞台は誰のため』の カオリンバージョンでしたv 少しでも楽しんで頂けると、嬉しいのです♪ |