都会の御伽話2
「リョウが飲みに誘ってくれるなんて、珍しいわね」
「まぁたまには、な」
隣で嬉しそうに笑う香を見て、たまには香を誘って
飲みに行くのも悪くねぇなと柄にもねぇ事を思った。
向かった店は、先週例のじぃさんと会った飲み屋。
「よぉ、オヤジ」
「リョウちゃん、いらっしゃい。おや、今夜は珍しいね。
香ちゃんと一緒かい?」
「おじさん、こんばんは」
ここのオヤジも、香のファンだ。嬉しそうな笑顔を香に向けた後、
少し含みのある視線を俺に向けてきたのは、完全無視だ。
香が腰を下ろした席の隣には、先週から
飲み続けているんではないかと思えるほど
同じ姿勢のまま飲んでいるじぃさんの姿。
まだカウンターと仲良くしていない分、
先週よりここに来た時間が早いようだな。
「おやぁ、おネェさんここじゃああんまり見ない顔だねぇ・・・」
じぃさんは、先週同様隣に腰を下ろした香相手に
愚痴り始めた。
先週と変わらず、内容は家庭内の土地の相続問題。
兄弟ばかりか血のつながった家族もいない俺自身は
とんと縁のない話だが、こういった仕事をやっている関係上
相続による親族同士の骨肉の争いは腐るほど見てきた。
じぃさんのところはまだ切ったハッタの状態になっていない
だけ、俺から見ればまだましだ。
だが、当事者からしてみれば仲が良かった兄弟の
態度の変化は辛いものなんだろう。
隣では、しゃべり続けるじぃさんの話を香が親身になって
聞いている。
「いつか、分かり合えるはずですよ、家族ですから。おじいさんも、
そんな自棄を起こさないで、ね?」
他人の話も、まるで当事者のように親身になって相談に乗る
のは、香の利点だ。
昔の俺なら、絶対鼻で笑うと思うがな。
変わったもんだ。
◇◇◇
いつの間にか時は過ぎ、その間すっかりじぃさんと話しこんじまった香。
ちぇっ、俺には背中だけかよ。つまみとしては物足りねぇ。
そんな、向いの堕天使が聞いたら食いついてきそうな感想が
頭に浮かび、柄にもねぇ自分自身に苦笑する。
もう、充分だろう。
「香ぃ、そろそろ帰ろうぜ」
「あ、うん。おじいさん、頑張って下さいね。ちゃんと向かい合って
よく話し合えば、御兄弟もわかってくれますよ」
「ありがとう。・・・あ、兄さん」
「んあ?」
勘定をすませ、一足先に外に出た香を追って席を立とうとした俺を、
じぃさんが呼び止めた。
「悪かったね、可愛い彼女さんを借りちまって」
「!!ば、馬鹿言ってんじゃっ!彼女じゃねぇよ、あんなのっ!」
「またまた。あんな可愛い子を放っておくと、誰かに取られちまうぞ」
「そうそう。そうだよ、リョウちゃん」
カウンターパンチで、取り繕う暇がなかったのが敗因だった。
ポーカーフェイスも、あったもんじゃねぇ。
店のオヤジまで尻馬に付きやがって。俺はほうほうの体で店を逃げ出した。
短時間に、随分じぃさん元気になったじゃねぇか。
これも香の魔法、か?大したものだ。
明日のこの一帯の噂が、香の耳に入らないようにしねぇとな。
「帰り際、おじいさんと何しゃべってたの?」
「・・・大した事じゃねぇよ」
「ふぅん。また、行こうね」
そう言って腕をからめながら見上げてくる香の表情は、
飲んだ酒のせいか潤んだ瞳がまるで誘っているようだ。
「おう」
視線を見ないように、腕に伝わってくる感触に意識がいかないように、
俺は小さく答えた。
「・・・なぁ、家で飲みなおすか?」
「なに?まだ飲み足りないの?」
「ああ、ぜーんぜん。リョウちゃんにはあれだけじゃ足りないのぉ、
ね、ね、いいでしょう?香ちゃぁん」
「ぎゃぁ!気持ち悪いからそのクネクネやめてったらっ。もうっ!」
おネェ言葉で近づいた俺の顔をぐいっと遠ざけながらも、
酔っ払っているせいかその後カラカラと笑う笑顔に、
ふっとほほ笑む。
背中じゃなく、お前の笑顔見ながら飲みたいしな。
本音は心の中で呟きながら、俺達は酔っ払いらしく
賑やかにアパートへ向かったのだった。
ただの箱ではない、ぬくもりをもった、我が家へ。
FIN
カオリンみたいに会った人を
幸せにできれば、それは魔法と言えるかもと思って。
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