都会の御伽話
「オヤジ、調子はどうだ?」
「おお、りょうちゃんかい。あいかわらずだねぇ」
何時ものように新宿界隈で飲み歩き、ゴールデン街
にひっそりとある行きつけの小さな飲み屋の
カウンターに腰を落ち着けた。
4人も入れば、いっぱいになるような店だ。
「・・・よぉ、兄さん聞いてくれよぉ」
そんな狭い店の隣から突然突っ伏していた
じいさんがゼンマイ仕掛けのように起き上がり、
俺に半ば圧し掛かるように話しかけてきた。
「お、おい、じぃさん」
ちらりと店のオヤジを見やると、顔の前で手刀を切っている。
どうやら、顔馴染みのじいさんのようだ。
仕方ねぇ、少し付き合ってやるか。
今にも前のめりに倒れそうなじいさんの身体を
再び隣の席に座らせてやると、嬉しそうに
笑い目の前のコップの焼酎をあおった。
「おお、ありがとよ。兄さん、いい人だねぇ。」
「いい人、ねぇ・・・そりゃどうも」
こんな俺をいい人とは、じいさん酔っ払い過ぎだって
と苦笑しながら自分の前に置かれたコップを飲んだ。
「いやいや、今のご時世自分の事ばっかりで他人を気遣う奴なんて
なかなかいないよ」
その言葉にふと浮かぶのは、時にはお節介とまで言われてしまう
世話好きなパートナーの顔だった。
ま、俺とパートナーを組んでる時点でモノ好きレベルか?
ついつい口元に浮かんだ笑みを焼酎と一緒に飲み込む。
「・・・ま、ゼロってわけでもないかもしれないぜ」
「・・・昔は、いたと思うんだが、とんと最近は
なかなか出会わないんだよな・・・兄さんは知らないとは
思うがな、この辺りは戦時中は空襲されて焼け野原だった時も
あったんだよ。渋谷の辺りまで見渡せるぐらいに何もなくなっちまって
ねぇ。防空壕で家族で身を寄せ合ってたな・・・
そんな何もない状態から家族一丸になって助け合って立て直す為に
頑張ってきたはずなんだがなぁ〜。何が、変えちまったのかねぇ。
やっぱり、金、なのかねぇ・・・」
じいさんは、そこまで遠くを見ながらそこまで呟くと、
再びカウンターと仲良く眠り始めた。
「おいおい、また電池切れかよ」
「リョウちゃん、すまなかったねぇ。この近所に住む常連さんなんだが、
どうやら地価があがった関係で親族同士が相続で揉めてるみたいでね。
このところ飲むといつもこんな感じで周りのお客さん捕まえては
愚痴ってるんだよ。ま、これサービスするからさ」
苦笑する俺にそう言って、店のオヤジはもう一杯の焼酎を差し出した。
「じいさんは、いつもここに来てるのか?」
オヤジと一通りこの一帯の近況の情報交換をした後、
俺は店を出る前にオヤジに確認した。
「まぁ週末はいつも顔出してくれるかねぇ。どうしてだい?」
「いんや、別に。また来るわ」
俺は誤魔化して、店を出た。
たった一人でカウンターに突っ伏していたじいさんに、
人間捨てたもんじゃないと思わせてやりたくて
今度香を連れてきてやろうなどと考えたなんて、
俺自身がこっぱずかしくて言えるわけねぇ。
スィーパーをこんなにしちまった浮世離れしたパートナー殿が、
さて今夜はどういったお出迎えをしてくれるかと
俺はジャケットに手を突っ込みながらアパートへと向かった。
FIN
カオリンのような人ばっかりであれば、
荒んだ世の中にはならないだろうなぁと思って。
Back