Sweet Day Sweetest Time




事の始まりは、朝突然かかってきた一本の電話。
まだ惰眠をむさぼっていた俺は、切ったばかりの
子機を片手に持った香に叩き起こされた。

「・・・ったく、なんだってんだよ」
「ほら起きてっ!絵梨子からのお誘いがあったから
出かけるのっ」
手にこんぺいとうを出現させてはいるが、表情は上機嫌だ。
「げっ、絵梨子さん!?」
ついつい揉め事ばかり持ち込む香の親友の名に、
反射的に顔をしかめる。

「ちょっと、人の親友の名前を聞いて『げっ』は
ないんじゃない?」
「だってなぁ・・・」
彼女の持ち込んでくる話題は、何かと
騒がしいもんばっかりじゃねぇか。
ぶちぶち呟いても、てんで今の香には届いていないようだ。
口ずさんでいるのは、最近お気に入りの曲だ。

俺とセットで声がかかった時の彼女のお誘いには、
少々懲りているはずの香が、なぜか乗り気な気がする。
「で、なんで出かける必要があんだ?」
「なんかね、絵梨子が普段仕事でお世話になっている
人達を集めてホームパーティーを開くんだって。
それに特別にお呼ばれしたのよ。バレンタインも近いし、
チョコレートとかを中心におもてなしするんだって♪」

香は、チョコレートにつられたってわけか。
ホームパーティ・・・彼女の場合一癖ありそうに
感じるのは、俺の被害妄想だろうか。
俺は少々不安を覚えながら、半ば香に引きずられるように
ホームパーティーとやらに連れて行かれる事となった。


「・・・なぁ、ホームパーティーってこんな会場でやるもんか?」
「地図は、確かにここなのよね・・・」
まぁここはアメリカではない訳だし、自宅以外でホームパーティーを
行うっていうのはうなづける。
だから、絵梨子さんから送られてきた地図に従って目的地へと
向かったんだが、出迎えたのは洋館というのが
ふさわしい華やかな趣の建物。
ゆうに200人は入るだろう。

「『ホームパーティ』感覚の規模、超えてねぇか?」
「うん・・・ま、まぁ絵梨子だから」
しばらく建物の前で呆けていた俺達だが、
気を取り直して中に入れば、結婚式さながらの受付、
そして当り前のようにステージが今回の主役とばかりに
会場の中央にセッティングされていた。

一応、ブッフェ形式で綺麗に並べられたチョコレート及び
酒が会場の両サイドに用意されていたが、
それより何よりステージのほうが存在感がある。
そして、俺の中にやっぱりという気持ちに覆われてゆく。

「・・・なぁ」
「香ぃ〜、あたしを助けて!!!」
隣で、普段着の自分と周辺の雰囲気を見比べながら
オドオドし始めた香に、『これは、やっぱりファッションショー
やんだよな・・・?』と同意を求めようとした途端、
割って入るような大声。

その声の主はもちろん今回のホームパーティの主催者、絵梨子さん。
「ど、どうしたの?!っていうか、絵梨子〜こんな豪華なら
早く言ってよぉ」
「お世話になっている人を招くパーティだから、これ位当然よ。
それより、どーしてもメインの衣装を着るモデルが見つからないの。
お願い!香、モデルやってくれない?!」
「な、なんでホームパーティでモデル?!」
香と絵梨子さんの大声が会場に響く。
まだ、ゲストがそんなに来場していないのが救いか。

「チョコレートとお酒を楽しみながらショーを楽しんでもらって、
その後立食パーティーに移る予定なの。
ね、だから香一生のお願い!!」
「・・・ん〜、他にピッタリな人いるんじゃないの?」
「そうそう、香なんかが着るより似合うもっこりモデルちゃん
いるんじゃねぇの?」
「この衣装には、香が一番ピッタリくるのよ。ね、だからお願い!」
っていうか、俺は完全無視かよ。

お願いする絵梨子さんとそれに戸惑う香の会話が、繰り返される。
そして、お決まりの通り「あたしで役にたつなら・・・」
と最後は香が折れて決着がついた。

チョコを味わう間もなくアシスタント達に香は連れて行かれ、
俺は絵梨子さんにステージの中央の席に有無を言わさず座らされる。
「ということで、香はちょっとお借りするわね、立食パーティの時には返すから。
じゃ、たっぷり味わってね。今日のチョコレートは、すっごくおいしいはずだから」
「あんな奴でよければずーっとどうぞ、どうぞ」
「もうっ、あいかわらず素直じゃないんだから。じゃ後で」
にっこりとほほ笑み、足早に絵梨子さんは立ち去った。

ったく、あの笑顔は確信犯だ。
香を最初からモデルに使う気でいたって訳だ。
そして、俺はこうしてステージのセンターで一人で
時間を潰すこととなった。

そろそろ開始時間も近づき、ゲストの数も増えてきた。
リョウちゃん一人でつまんないなぁ。
ブランデーと、とりあえず見つくろったいくつかのチョコレートを
皿に載せ、キョロキョロと周りを見まわしたが、
見事にカップルのみ。
ちぇっ、あいかわらず絵梨子さんしっかりしていることで。
グイッとブランデーを煽り、俺はもう一杯の酒を取ってくる。

今日は雪でも降りそうなほど、冷え込んでいる。
そのせいかゲストの頼む飲み物は、酒以外には
ホットチョコレートが多く出ているようだった。

ホットチョコレートの甘い香りが漂う中、
俺は更に杯を重ねた。

そのうち音もなく周囲のライトが落とされ、
それに伴い小波のような人々の会話は徐々に小さくなっていった。
マナー講座の講師のような滑らかなアナウンスにより
ショーの開始が告げられ、劇甘なBGMをバックに
明るく照らされたステージを着飾ったモデル達が彩ってゆく。

ステージ上にだけ別世界が展開され、
そして、最後に香が現われた。
上品に煌めきの入ったオフホワイトのケープに、
大きな赤いリボン。
その下から覗くのは、タイトなモカ色の
これまた輝きをもったロングドレス。

まっすぐとこちらを向いている視線が、
心持ち挑発的なのは絵梨子さんの指導なのか、
それとも、俺の願望が見せる妄想か。

ステージ半ばまで歩みを進めた後、
思わせぶりに赤いリボンを解きケープを脱ぐと、
一際挑戦的な視線を残しながら大きくターンを決めた。

大きく空いた背中から覗く白くきめ細やかな肌が、
華奢な腰から身体の曲線に沿ってなだらかなドレープを
描くドレスの一部のようにお互いを引き立てあっていた。
背中を向けたのは一瞬であった筈なのに、
目に焼き付くバックスタイル。

会場から一際大きく漏れる溜息。
おいおい、この会場に居んのは、
カップルばっかりだろうが。

隣から肘鉄を食らっている男共に睨みをきかせようにも、
俺も香から目が離せずにいる。
香との距離はそこそこあるはずなのに、
再びこちらに顔を向けた香に今度は視線を絡め取られる。
まずいと思いつつも、視線を外す事はできそうになかった。


◇◆◇


「リョウちゃん、もう飲めましぇ〜ん!!」
「ちょっとぉ、しっかりしてったらっ!」
ぐでんぐでんに酔っぱらったリョウを、
雑誌から抜け出たようなモデル姿の香が
支えるようにホームパーティの行われている
洋館の2階の廊下を進んでゆく。

その先を先導しているのは、絵梨子。
「香、この部屋使っていいから」
「ありがとう、絵梨子。ごめんね。
ちょっとリョウを寝かせたら戻るから」
「・・・ま、別にいいわよ?あたしが煽ったわけだし」
「へ?」
「ううん、こっちの話。じゃ、先に戻ってるわね。
あ、そうそうそこのポットにホットチョコレートと、
トレーにあるチョコも良かったら食べて。
香、モデル本当にありがとね」

閉じられる部屋のドア。
「全くもうっ、なんでこんなちゃんとしたパーティで
ベロンベロンになる位お酒飲む訳!?そんなお酒弱くないくせに!」
半ば放り投げるように三人がけのソファに、リョウを寝かせる。

「ぐふふ、もっこりちゃーん」
「ば、馬鹿!!誰と間違えてんだっ!」
バネ仕掛けのピエロよろしく勢い良く
肩口にがばりと抱きついてきたリョウを、
ミニハンマーでソファに沈める。

肩を怒らせ部屋を出ようとした香だったが、
背後から『行くな』という呟きが聞こえた気がして、振り返った。
相変わらずソファで寝こけるリョウの寝顔を見、そして思い直した。

「戻っても気疲れする事ばかりだし、
ちょっとここで休んでこうかな・・・」
用意されていたポットからホットチョコレートを
カップに注ぎ、三人がけのソファと対になる
一人がけのソファへと身を沈める。

包みこまれるような座り心地と、
温かいホットチョコレートに、
香の口から自然にほっと息が漏れた。

『煌びやかなさっきまでの時間も素敵だけど、
こういう時間もいいわね』
傍らのリョウの寝顔を眺めながら、
香はステージ上の笑顔とはまた違う柔らかな笑みを浮かべた。








香が部屋を出てゆくのを止めた時、
ほっとした笑顔がリョウの表情に浮かんだのは、
誰も知らない。

そして、部屋を出る時に香が羽織ったケープにより、
抱きついた際に香の肩口に印されたリョウの独占欲の証も
誰にも気づかれる事はなかった。

甘いチョコレートに囲まれた甘い1日の中でも
とびっきり甘い時が、ゆったりと流れていた。




FIN
カオリンにモカ色とドレスとホワイトのケープを
着せてみたくてv
少しでも楽しんでいただければ幸いです♪


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