寒さを忘れる程に




『これは、家計を圧迫するからクーラーがつけられないと
嘆いていたあたしへの、神様からのいじわるな贈り物ってわけ?』
あたしは今の凍えるような環境に感謝できるわけもなくて、
心の中でそんな言葉を呟いた。

ここは、食肉冷凍庫の中。
唯一の救いは、冷凍庫が廃棄処分寸前であまり冷気が安定していない事位。
それでも、気まぐれで起動する時に吹き出し口から送られてくる冷気は、
軽装のまま縛られて床に転がされているあたしには辛いものだった。

なんであたしがこんな状態でこんな所にいるかというと、
リョウと海坊主さんがぽっと出の身の程知らず達の喧嘩を買ったのが
事の発端だった。

売られた喧嘩をわざわざ出向いて買いに来た二人に、
美樹さんとあたしは同行した。
銃撃戦を始めた男性陣と美樹さんとは別行動で、
あたしはトラップを仕掛けようとしていたんだけど、
その時にうっかりばったり敵さんの一人と出会ってしまい、
縛られて口もタオルで塞がれ、こうしてこの食肉冷凍庫に
放りこまれたのだった。

また、ドジっちゃった。
外の情勢は、おそらくもう少ししたら収束するだろう。
ただ、それまであたしが持つかどうかは別問題で、どんどん
失われてゆく体温にヒシヒシと近づいてくる身の危険を感じていた。

手は後ろで、足は揃えて縛られている為、モゾモゾと両手両足を擦り合わせて
摩擦でわずかな暖を取るしかない。
やばい、少し足先がしびれてきたかも・・・

全く人質として使う気だったら、こんな劣悪な環境に
とりあえずって放り込まないで欲しいもんだわ。
やっぱりあいつ等取るに足らない奴らなんだ。

心の中で悪態をついても暖かくなるわけもなく、
どんどん失われてゆく体温。
意識だけは、失わないようにしないと。

目だけは、開けていよう。
意識していないと閉じてしまいそうで、あたしは視界を
奪われなかった事に感謝しつつ視線を扉のほうに向けた。

すると、先程までぴたりと閉じていたはずの扉から
薄く光が漏れている。
あたしは心の中で歓声をあげた。

さっき、確かに鍵がかかった音がしたはずなのに、
壊れてたのかな?
あたしは状況を確認する為、わずかに動く手と足を駆使して
扉に近づこうとした。

「イモ虫みてぇだな」
『ぎゃっ!?☆●×%』
まさか背後から声がするとは思っていなかったから、
予想外の声の出現にあたしはタオル越しに叫び声をあげた。

「おいおい静かにしろって。気付かれちまうだろ。
それにしても、色気のねぇ声(笑)」
「っぷは。リョウ、どうしてここに?!」
突如現れたリョウに、あたしは口のタオルを外された途端
声をあげた。

「うわぁっっ、だから声落とせってっ」
『・・・ごめん』
慌てて口を抑えられ、あたしは今の状況をやっと思い出して
小さく謝った。
どうやら銃撃戦は海坊主さんと美樹さんに任せて
助けに来てくれたみたい。

「んじゃまぁ、行きますか」
手と足の縄を外してもらい、
少しふらつきながらも立ち上がった時だった。
『おいっ!扉開いてるぞっ。いくら縛っているとはいえ、
ちゃんと閉めておけっ』
『すみませんっすぐ閉めます!』

そんなやり取りが聞こえてすぐ閉められる扉。
そして、しっかりと鍵がかけられる音。
リョウが駆け寄ろうとしたんだけど、
あと一歩届かなかった。
「ありゃ、のんびりし過ぎたみたいだな」
「どうしよう・・・」

扉を閉められた事で室内は再び冷えこんできた。
足をさすると、冷え切った手でもじんわりと
体温を伝えてくれる。
両手足が自由になった分少しは楽だけど・・・

「扉厚いし、鍵壊すには弾丸もったいねぇな。
・・・海坊主達が来るまで待てそうか」
「うん、多分大丈夫」
頷いた矢先に、鼻先を掠めた冷気に小さくくしゃみが出る。

「これでもかけとけ」
ぶるりと震えた肩にかけられたのは、リョウの水色のジャケット。
「でも、リョウも寒いでしょ。いいよ」
「お前のほうがさっきからこの中にいんだろ、
掛けておけって」
「でも・・・」

「・・・じゃあ、こうすっか」
リョウは二人の手の間で行ったり来たりしていた
ジャケットを手に取り、床に座るように促した。
そして、リョウはあたしをジャケットでくるんで
抱え込むように背後に座った。

「これなら俺も人間ホッカイロであったかいしぃ」
「あ、あたしはホッカイロか!?」
すぐ背後から聞こえるリョウの声にどぎまぎしし、
声がひっくり返りそうになるのをつっけんどんに
言葉を返してごまかす。

!!
「ちょ、ちょっとっ。リョウっ」
急に足先に触れられ、そのまま指先で
膝まで優しく撫であげられたあたしは、
うわずった声をあげてしまった。
ピクリと足が反応する。
リョウの手はそのままあたしの手の先に触れた。
なに、ど、ど、どうしたの?

「ちゃんと感覚あるな?」
「へ?あ、大丈夫・・・」
大きく反応してしまった自分が、途端に恥ずかしくなる。

「なんだぁ?何、香ちゃん感じちゃったわけぇ?」
「ば、ば、ば、馬鹿じゃないの?!んなわけないじゃないっ」
にやにやと覗きこんでくるリョウの顔をぐいっと押し返す。

それでも、引き続きあたしの手と足の上を優しく往復するリョウの手を
妙に意識してしまう。
腕を撫でられた時、再び無意識にピクリと反応する身体。


「なぁ・・・なんかこうしてると変な感覚にならねぇ?
なぁ〜んか俺さっきから変な気分」
「へ?!」
耳元で低いトーンで話しかけられ、途端に上昇する温度。
恐る恐る見上げれば、7分程崩れかけたリョウの顔。
「ひっ。リョ、リョウ?」

こんなに密着した状態で、これはまずくない?
えっと、まだリョウの手が肌を優しく撫でてるみたいなんだけど・・・
さっきよりも動きがねっとりとしているように感じてしまう。
「!っふ」
再び勝手にピクリと反応してしまう足と声を必死で止める。
「あんれぇ、香ちゃんやっぱり感じちゃってんのかなぁ」
「そ、そんなこと・・・」

「香・・・」
頬にいつの間にやら添えられたリョウの指に、熱を感じる。
視線のあったリョウの瞳の中に、戸惑った自分の顔を
見つけた。

何怯えてるのよ、リョウなのよ。
嫌いな奴って訳じゃない。
何度となく男女と言われては憤慨していた
今までの事を考えたら・・・ここで引いてしまって
どうするというのだろう。
あたしは、逃げ出しそうになる自分自身を留める為
ぎゅっと目をつぶった。


「・・・なーんてなっ」
「ふぇ?」
頬を両側に引っ張られる痛みに、目をあける。
「冗談だ、冗談。本気にしちまったかぁ?馬ぁ鹿」
くしゃくしゃと髪の毛を掻き混ぜられて、状況を掴めずに
立ち上がったリョウをただただ目で追う。
リョウの表情は、見えない。

「だぁれが、お前にもっこりするかってぇの」
「・・・ふぅん、あ、そう」
「本気にしちまうなんて・・・グェ!!」
「馬鹿っ!!」
言葉の意味を理解したあたしは、
沸々と湧いてきた怒りからハンマーを召喚した。
『あたしの今の気持ちを返せ』と刻みこんで。


「おい香、リョウ、無事か?・・・香は、無事なようだな」
海坊主さんが助けに来てくれたのは、すぐその後だった。
その頃には、寒さなんてすっかり感じなくなっていた。、

FIN
リョウ、途中からミイラ取りがミイラになったようです。


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