わからない女の気持ちと男の気持ち




隣にいる髪を後ろに撫でつけたリョウは、
いつもとは違う真面目な雰囲気だ。
しかも、伊達眼鏡までしている。

あたしは、ついいつもとのギャップに
噴出しそうになり、リョウに小さく睨まれて
あわてて飲み込んだ。
もちろん、あたしも今日は普段着ないような
ビジネススーツを着込んでいる。

「・・・んだよ、オヤジばっかりでもっこりちゃんが
いねぇでやんの」
そんな横からの悪態に、今度はあたしが
小さな咳払いを返した。

ここは、セミナーの後の懇親会会場。
ビジネスライクな服装をした人達が、
立食の合間に自分を売り込もうと名刺を差し出し、
お互いビジネスチャンスを得ようと
やっきになっている。

今回の依頼主は、懇親会の主催者である企業。
この会場に集まっているパートナー企業の中で、
どうやら個人情報を持ち出して売っている
不届きな輩がいるらしい。

個人情報保護法が施行されたこのこのご時世、
そんな事が公になれば企業のイメージダウンとなり
大打撃だ。

しかも、弱みとなるような情報は
裏社会へと売られているというのだから、質が悪い。

揺すりネタを買っている裏社会側の犯人は、
情報屋の轍さん達に洗い出しをお願いしている。

あたし達は情報を流している側をあぶり出す為、
こうして懇親会に犯人探しに来ている。
怪しい人物を絞る為に、今日はとりあえず一通り
接触してみる手筈だ。

「突然失礼致します。私、SBSの冴羽と申します」
横では、普段ならありえないような営業スマイルのリョウが
早速近くにいた二人へ名刺を差し出している。
「SBSの槇村と申します。宜しくお願い致します」
あたしも慌ててスーツのポケットに入っていた
名刺入れを取り出し挨拶する。

「BBTの神尾と申します」
「BBTの亀谷です。宜しくお願い致します」
こちらの名刺を両手で受け取り、
自分の名刺も差し出しながらそう名乗った二人は、
紺のスーツを着込んだ絵に描いたようなサラリーマン達。

「初めてお会いするかと思いますが、
新しく参画されたんですか?」
「ええ、先日パートナーになったばかりの
新参者でして」
リョウは、二人のうち上司と思われる恰幅のよい
神尾さんと雑談を始めた。

「こういう懇親会は、初めてですか?」
すると、もう一人の銀縁眼鏡の亀谷さんは
あたしに向けて話しかけてきた。
少々老け顔だけど、たぶんあたしと同年代だろう。
「ええ、初めてです。今までは社内での
仕事が中心だったのであまり外出する事が
なかったので」

あたしは、ボロが出ないように気をつけながら
笑顔で答えた。
「やっぱりそうですか。どうりでお会いした事
ない訳だ。この業界わりと狭いですし、
あなたのように綺麗な方に一度でも
セミナーですれ違っていたら忘れないと思いますし」
「そんな///」
お世辞を言われ慣れていないあたしは、
つい顔が赤くなって俯いてしまった。

「いえ、いえ本当の事ですよ。
どうです?今度お食事でもご一緒して頂けませんか?」
「!!そ、そうですね〜機会がありましたら」
「では、いつがご都合がいいですか?」
「!!!そ、そうですね〜」
あたしは少々混乱していた。これが営業トーク
というものだろうか?
社交辞令だろうから、とまたの機会にとお茶を濁そうと
思ったのに・・・

リョウに助けを求めて視線を送ると、
ニヤニヤと何やら楽しそうに笑っている
視線とかち合った。
リョウったら、絶対面白がってる。

見てないで助けろ〜とさらに念を送ると、
そのあからさまさに亀谷さんも気づいたらしい。
「あ、上司の許可がないとお食事誘っちゃまずかったですか?
冴羽さん、お誘いしてもかまいませんか?」

お願いだから、助けてったら!!
こういう場合の回避方法が、思い浮かばない。
今度冴子さんに、聞いてみよう・・・
取りあえずこの場は助けてくれる事を祈りながら、心の中で
手を合わせる。

「あ〜亀谷さん、申し訳ありません。実はこいつ、
俺の嫁さんでして」
「「え?!」」
へ?!
あたしも含めた三人の目が、リョウの言葉に丸くなる。
い、一体リョウったら、何言い出すわけ?!

「うちの会社って小規模なので、お恥ずかしながら
夫婦で同じ仕事をしてるんですよ」
「で、でも苗字が・・・」
「あ、こいつのほうは旧姓で仕事してるんですよ。な?」
「へ?!え、ええ、そうなんです」
グイッと肩を引き寄せられ、答える声がひっくり返る。
顔は・・・たぶん真っ赤になって引きつってる。

「あ、あぁすみません!!そ、それは失礼致しました!
で、ではあちらに挨拶に参りませんといけませんので・・・
失礼致します!」
亀谷さんも相当ビックリしたのだろう、あたしのうろたえようも気づかず、
半ば逃げ出すように挨拶もそこそこに他の相手のところへ。
もちろん、上司である神尾さんも部下の失礼をわび、
後を追うようにその場を去った。

「ちょっと!一体なんのつもり?!」
「んあ?あー言えば引き下がるだろ。亀谷ってヤツ、えらく香ちゃんに
ご執心って感じだったしなぁ〜。これから一通り接触しなきゃ
いけねぇのに、困んだろそれは」
小声で抗議すると、相も変わらず飄々とした表情。
からかっているのがわかってるから、よけいムカつくったら!

「それとも何か?香ちゃんはあいつに食事に誘われたかった訳?」
「そんな訳ないでしょ?!でも、何もふ、夫婦だなんて言わなくても」

抱き寄せされた肩が、顔同様に熱い。
もう既に二人の距離感はいつもと同じなのに。l

「社内恋愛は、仕事上秘密なのは常識だろ〜?
夫婦だったら公にしても問題ないじゃねぇか」
「そ、それはそうかもしれないけど・・・」
なんか、言いくるめられた気がする。


結局、その後必要以外夫婦だって
言わないって言ってた癖に、
挨拶する人みんなに夫婦だと挨拶する羽目に。

一体何を考えてるんだか。
それでも、挨拶するたびに
嫁さんとリョウに紹介されるたびに、
なんだかこそばゆく感じてしまう。
この感覚は、男の人にはわからないだろうな。

◇◇◇

この業界は、男社会のようだ。
会場にいる女の数が少ない。
これでは、香が余計目立っちまう。

そして、心配は的中した。
亀谷 が香に興味を抱いたのは、手に取るようにわかった。
普段とは違うスーツ姿は、すらりとした香を
よりシャープに見せている。

早速、香にちょっかいを出し始めた亀谷に、
イラつきが湧き上がってくる。
馴れ馴れしいんだよ。

だが、香がこちらに向けた助けを求める視線に、
イラつきと共に湧き上がってくる優越感。

こいつは俺のもんだ、という感覚。

ったく、いつから俺は女に執着するようになったんだか。
所有欲なんて無縁だと思ってたんだがな。

「あ〜亀谷さん、申し訳ありません。実はこいつ、
俺の嫁さんでして」
「「え?!」」

神尾と亀谷の驚き方に、さらに気分が良くなる。
そうそう、だからちょっかい出しても
ムダムダ。さっさと退散しろって。

「うちの会社って小規模なので、お恥ずかしながら
夫婦で同じ仕事をしてるんですよ」
「で、でも苗字が・・・」
亀谷のこめかみが、面白いぐらい
ピクピクと引きつっている。

こいつの執心ぶりだと、恋人だって言っても
引き下がりそうもないし、な。
嫁さんって言っておけば、さすがに諦めるだろ。

「あ、こいつのほうは旧姓で仕事してるんですよ。な?」
「へ?!え、ええ、そうなんです」
ダメ押しとばかりに、二人に見せ付けるように
香を引き寄せる。 

「あ、あぁすみません!!そ、それは失礼致しました!
で、ではあちらに挨拶に参りませんといけませんので・・・
失礼致します!」
亀谷は、這うように逃げ出した。
ざまぁみろ。
香を食事に誘うなんて百年早ぇんだよ。
心の中で、舌を出す。

「ちょっと!一体なんのつもり?!」
「んあ?あー言えば引き下がるだろ。亀谷ってヤツ、えらく香ちゃんに
ご執心って感じだったしなぁ〜。これから一通り接触しなきゃ
いけねぇのに、困んだろそれは」
本当の気持ちはオブラートに包み、
茶化す様に真っ赤になって抗議する香をかわす。

「それとも何か?香ちゃんはあいつに食事に誘われたかった訳?」
「そんな訳ないでしょ?!でも、何もふ、夫婦だなんて言わなくても」

当たり前だ、誰が俺の前でのこのこと他の男との
デートに行かせるかよ。
・・・っておいっ!俺は何言ってんだか。
心を覗かれたら、こりゃ言い訳効かねぇな。

「社内恋愛は、仕事上秘密なのは常識だろ〜?
夫婦だったら公にしても問題ないじゃねぇか」
「そ、それはそうかもしれないけど・・・」
少しふくれっつらの上目遣い、おいおいそれは
ちょぉっとばかりやばくないか?
このまま他のヤツのいないトコに連れ出したい感情を、
ぐっと押し止める。

「ほら、次行くぞ」
「わかったわよ!でも、あんまりふ、夫婦って連呼しないでよ!」
「わぁったって。俺だって御免被りたいし、な」
俺自身の感情も戒める為に、悪態をついてみる。
もちろん、小さなハンマーが飛んできた。


結局、その後会うヤツ会うヤツが香に色目を
使ってくるから、挨拶する毎に夫婦だって
宣言する事になっちまった。

それでも、挨拶するたびに
嫁さんと紹介するたび、
妙な優越感を感じちまう。
この感覚は、女にはわかんねぇだろうな。


fin

7月上旬に妄想は浮かんでたのに、
なかなか肉がつかず、題名つかずと
出来上がるのにまた時間かかっちゃいました(^^;)>
悩んだ割りに、題名が気に入らない。もしかするとそのうち
変えるかも、です。そのまんまかもしれないけど(苦笑)


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