花火2



「かずえさん?」
屋上の扉を開けると、気配を感じたらしい香が俺のほうを振り仰いだ。
そして俺だと認めると、何しにきたのとばかりにぷいっと顔を背ける。

まぁだ怒ってやがる。
おいおい仮にも俺はお前のパートナーだぜ、その態度はないんじゃないか?
まぁそのパートナーを怒らせたのは素直じゃない俺自身だが。

「ミックとかずえちゃん、都合悪くなってこれないってよ」
「え・・・」
一瞬捨てられた子犬を思わせる表情が浮かぶ。
だがすぐにきゅっと唇を結ぶと、もくもくと花火を片付け始めた。

そんな顔するなよ、そんな表情させたくて一緒に
花火をするのを渋ったわけじゃねぇ。
・・・ただ照れくさいかっただけだ。

素直じゃない俺自身にイラつきながら、乱暴に頭をがしがしとかく。
「なに片付けてんだよ?」
無意識に語尾が荒くなる。
「だって、一人でやってもつまらないもん」
「・・・俺が一緒にやってやるから片付けるな」
「え・・・?」
「そこまで準備したのにもったいないだろ、しょーがねーからつきあってやるよ」
語尾には相変わらず素直じゃない言葉を混ぜ込む。
だがそんなひねくれた俺の言葉でもよほど嬉しかったのか、
香は満開の笑みを浮かべた。
「ありがと!」
「・・・」
「リョウ?花火やろ?」
急に何も言わずに固まっていた俺を、香が上目づかいで見上げてくる。
「そ、そうだな、まずはこのにぎやかなヤツからはじめっかぁ。
ほらさっさと終わらせてビールでも飲もうぜ」
「もうっ!情緒がないんだからぁ」
香に気づかれないように、花火に火をつけながら俺は小さなため息をついた。

今の笑顔は不意うちだった。普段見慣れないユカタ姿だったのもあるかもしれない。
いつのころからか、香のふとした仕草や表情に目を奪われるようになっていた。
それをごまかすための、たくさんの香を傷つける言葉や態度。
そんな俺自身が作り上げてきた気持ちの防御壁を、一気に消し去って
しまいそうな香の笑顔。
俺はたぶんこの時あいつの笑顔に酔わされていたんだ。


 *  *  *  *  *  *  *

一緒に花火をしたくてリョウを誘ったのに、あいつはいつものように一緒に
花火をするのを渋った。
それがちょっと寂しくて悔しくて、でもそんな事リョウに知られたくなくて、
情緒に触れてみたいと言ったミックに乗せられるように、一緒に花火をやる事に。
でも、ミックにも振られちゃったみたいね、あたし。
まぁミックの事だからリョウに腹をたててるあたしを見かねて
一緒にやろうって言ってくれたんだろうし、かずえさんにも悪いし、ね。
諦めて片付け始めると、頭の上から不機嫌そうな声が降ってきた。
「なに片づけてんだよ?」 一番あたしが一緒に花火やりたかった相手。
悔しいからそんな事言ってやらないけど。
「だって、一人でやってもつまらないもん」
「・・・俺が一緒にやってやるから片付けるな」
「え・・・?」
「そこまで準備したのにもったいないだろ、しょーがねーからつきあってやるよ」

言葉は相変わらず素直じゃないけどそれはお互い様だし、嬉しくて
いつもより素直に笑顔で言えた。
「ありがと!」
何か言ってくれるかと思ったのに、リョウの瞳はあたしを捕らえたまま無言だった。
黒曜石のような黒い瞳。無言のままでいると引き込まれそうで、
何かにつかまるように口を開いた。
「リョウ?花火やろ?」
その瞳の奥に熱を帯びたものを感じ、あたしの心拍数は跳ね上がる。
「そ、そうだな、まずはこのにぎやかなヤツからはじめっかぁ。
ほらさっさと終わらせてビールでも飲もうぜ」
「もうっ!情緒がないんだからぁ」
先に視線を外したのはリョウだった。いつもと変わらないやり取りにほっとする。
リョウの真面目な視線てドギマギしてしまう。
いつもあんな視線を向けられていたら心臓持たないかも。
少し熱くなった頬を片手でさすりながら、花火の束の中から
2本抜き出すと一本をリョウに差し出した。

「はい、リョウ」
「おぅ。ほら、火をつけるから先をこっちに向けろ」
いつもより優しく聞こえるリョウの声。
別に普段冷たいってわけじゃないけど今日は2割増しの甘さを
含んでる気がする。
あたしの浴衣姿もいつもよりかわいくリョウの目に映っているといいな。
サァーと放物線状に青い光の線が目の前を流れる。
迷いなく地面を目指す小さな光の滝。

「・・・あたし達の関係も迷いなく流れてたら今と違う関係だったかな」
「あーん?なんか言ったか?」
「えっ!ななんでもない・・・」
口に出してるつもりはなかったんだけど、思った事をそのまま呟いてたみたい。
あーんあたしのバカバカ〜!
顔がかぁっと熱くなった。
でもリョウには聞こえなかったみたい。良かったぁ。


 *  *  *  *  *  *  *

香がつぶやいた言葉はしっかり聞こえていたが、
俺はあえて聞こえないふりをした。
未だに二人の関係に結論も出せない奴が、あの問いに答えられるわけがない。
俺も香もあと少しって所でどっちかが及び腰になっちまうんだよなぁ・・・
『たまには素直に、流れてみるか』
何を血迷ったか、俺は柄にもなくそんな事を考えてしまった。
それが間違いだった。
「香、その浴衣似合ってるぜ・・・」
言った直後に、俺はあまりの気恥ずかしさに後悔した。
体中から汗が吹き出すほど気恥ずかしい。なにやってるんだ俺?!
見ると、香の顔も沸騰するのではないかというほど赤い。
俺はそのまま屋上から逃げ出そうとした。
だが、以前香に誕生日を作ってくれたお礼をした時に
一晩中屋上にいて香が熱を出した事を思い出し、片方にはバケツと花火、
もう片方には香の腕を掴んで屋上を後にした。

その後、どの部屋に行っても空気が甘くなりそうでアパート
内で路頭に迷ったのは別の話。

fin

2001/9/2以来何年かぶりに続きを書いてみました。 新入社員だったんなぁあの頃・・・(−−)
とりあえず書いた時と同じ夏だしと思い立ち、せっかく復活したのだから
と書いてみたのですが、最後のほうはもう全然花火も関係なく・・・
キザなセリフを覚悟もなく言うという状況が、私の想像を超えておりました。
よって、たまにはうちのリョウにも甘いセリフの一つも言ってもらおうと
したらこんな惨状(/o\)
そして二人に逃亡されてしまいました。という事で私も逃亡!
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