一言の魔法





『この事に関しては口出しするな』
 私は、食器を洗いながら昨日ファルコンから
言われたその言葉を思い返していた。
 もちろん、少しの苦い気持ちと共にだ。
 静かな午後。香さんはいつもと同じカウンター席で
コーヒーを飲んでいる。
 他にお客さんもいない。
 
 静かだからこそ、思考が再び昨日の出来事に向かう。
 このところの仕事はすべて私も一緒に行ってきていた。
 だから今回の仕事に関して内容さえ告げられなかった
事は、多少なりともショックだった。
 今までファルコンと並ぼうと努力してきた。
 技術的にはまだまだと言われるのは仕方ないとして、
精神的には対等であろうとした、いやありたかった。
 ファルコンの支えでいたかった。
 だが、今回の件には触れるなと言う。
 それがファルコンの愛情表現であることはわかって
いた。
 わかっているからこそ、追いつけない自分がやるせな
いのだ。
 
「・・・美樹さん?どうしたの?心配事?」
 いつの間にか、自分の想いにとらわれすぎていたようだ。
「なんでもないのよ、ただ静かだなぁって思って」
「でもほら、この新宿で静かな環境って貴重よぉ!それを
求めてくるお客さんもいるし、元気だして!ね?」
 どうやら香さんは私がお店のお客さんの少なさを悩んでいる
と思ったのだろう。見当違いとはいえ、その心遣いがうれしかった。
「ありがと、香さん。ついでに食器を壊す回数も減らして
もらえるともっとうれしいんだけど?」
「う゛・・・ごめんなさい。以後気をつけるわ。あいつさえ
馬鹿な事しなければいいのにっ!!」
「ふふっ、気長に待ってるわ。香さん、そろそろ伝言板見に
行く時間じゃない?」
「あ、ほんとだ。どうせまた依頼ないと思うけど・・・
行ってくるわ」
 香さんがお店を出ていった後、静かな時間が与えられ、
私の思考は再び堂堂巡りへと導かれていったのだった。

「おかえりなさい、ファルコン」
「・・・寝てなかったのか」
 仕事をするなら今日だろうと予想していた通り、
ファルコンの帰りは午前0時を回っていた。
 しかも、その姿は満身創痍といって言いすぎでは
ないほどの傷を負っている。
「まずは傷の手当てね」
 何も聞かず、手当てに集中する。
 それが終わった後、そっとその広い背中に頬を寄せて
今日一日中考えていた想いをつぶやいた。
「・・・ファルコン、私はどんな時でも
あなたの支えになりたいの。結婚式を挙げた時から、
ううん、その前から思ってたの。これからも
努力して、いつかはどんな危険な仕事でも
つねにあなたと一緒にいられるように頑張るから、
それまで待っていてね」
「・・・・・・」
「じゃ、寝ましょ」
 そう言って立ち上がった時、急にファルコンが
立ち上がってこちらを振り返った。 
「・・・美樹、お前は今でも俺の支えだ・・・」
 それだけ言うと、ファルコンは顔を真っ赤にしながら
そそくさと寝に行ってしまった。 
 思いがけない一言、そして一番うれしい一言。
 今現在の私を認めてくれる一言は、どんな一言にも
勝って私のこれから前に進む勇気をさらに与えてくれた。
 幸せな気持ちで、私はリビングを後にした。
 
 想っている人の一言は
 前進する力を強める
 魔法を秘めている・・・


fin

美樹さんは凛としていて、
自分で前に進める強い人というイメージ
を持ってます。
でも、前に進むにしても想っている人に
今の自分を認めてもらえれば
もっと頑張れる気になれるのでは?というのが
今回書くきっかけでした。


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