ハムレットの作り方




「鬼はぁ外、福はぁ内!」
子供達の元気な声と共に、身体中に豆が当たる。
ったく、なんでスィーパーがこんなカッコしなきゃなんねぇんだ・・・
俺は鬼の着ぐるみのまま逃げ回りながら、心の中で悪態をついた。

           ◇◇◇

事の発端は、伝言板からではなく近所付き合いからだった。
香が日頃付き合いのある近所で託児所をやっている老夫婦から、
豆まきの際の鬼をやってくれる人はいないかと相談を受けたらしい。
去年まではじいさんがやっていたが、今年は足を挫いてしまっていて
代役を探しているとの事。

「ねぇリョウやってあげられない?」
そう例の上目遣いで見上げてきた香。
「あ〜?なんで俺がそんなもんしなきゃならねぇんだ。パスパス!」

そんなこっぱずかしい事できるかよ。
キャッツでネタにされてからかわれるのは目に見えている。
じいさん達には悪いが、な。
「可哀想じゃない。毎年子供達も楽しみにしてるらしいし、ね?」

ね?と小首を可愛らしく傾げられて、あやうく首を縦に振っちまいそうに
なっちまった。
ふぅ、あぶねぇあぶねぇ。
だが、しかし!
鬼の着ぐるみ着ろと言われて、大人しくはいそうですかとは頷けない。
しかも、どんなセンスしてんだと言いたくなるような代物の着ぐるみ。
どんなに妥協しても、俺のプライドが許さん!!

「そっか、そうだよね〜やっぱり。他あたってみる」
そっぽを向いて一向に首を縦に振らない俺に諦めたのか、
香は伝言板見に出かけて行った。
かなりあっさり引き下がった所をみると、もともと俺が承諾するとは
香も思ってなかったんだろう。

誰かやってくれそうなやつ夜にでも探してやるか・・・俺はその時最も
欲していた惰眠を貪る為、ソファで目を閉じた。

           ◇◇◇

「・・・リョウ、リョウ!こんなとこで寝ないでよ!」
「んあ・・・」
随分と深い眠りについてたらしい。
香の少々怒り気味の声に目を開けると、腰に手を当てた香の姿が
逆さまに映った。

なかなか良い眺めだと、寝ぼけながらズルズルとソファの肘掛けの所から
さらに眺めの良い所へ這って行こうとして、見事にハンマーで潰された。
ま、当然の結果だな。
「ったく、寝ぼけてるからって何すんのよ!」
・・・顔赤いぞ、香。
ここは一つ、何時ものパターンで落ち着けとくか。

「へん!寝ぼけてなきゃあ誰がお前なんか・・」
ボカンッ!!
こんぺいとうに昇格。

「いてぇな」
「あんたが悪いんでしょっ!!」
我ながらひねくれたコミュニケーションの取り方だとは思うが、
これしかいつもの二人に戻る方法知らないからな、今の所。

「あ、そうそう、さっきの鬼の代役なんだけど」
みごとにいつもの二人に戻っちまった香の態度に
苦笑しながら床からむっくりと起き上がると、耳を疑う言葉が続いた。

「でね、やっぱり誰かに頼むっていうの難しそうだから、
あたしがやることにしたから」
「え・・・お前?あのカッコすんのか?!」
「ん〜それも考えたんだけど、あたしが着ると大きすぎて逃げ回れないんだよねぇ。
だからね、これを借りてきたの!ね、これならあたしでも着れるでしょ?」

そして、差し出されたモノを見て俺は一気に目が覚めた。
虎模様のビキニに、角のカチューシャ!?
それでは某漫画のラ○ちゃんではないか・・・

い、いかん!!想像して鼻血が!?
慌てて上を向くと、香と目があった。
「今、変な想像したんでしょう?」
「なっ、何バカな事言ってんだっ?!んな訳あるわけないだろ!!」
「大丈夫よ、こんな寒空の下ビキニだけじゃ寒いし、ちゃんと肌色に近い
レオタード着るからそんなに寒くないはずよ。走り回るしね♪」

焦りまくって大声になっちまった俺の言葉に返ってきた答えは、
全く見当違いだった・・・そういう問題じゃないだろ・・・
一気に脱力。
ったく、察しろよ・・・

「じゃ、夕飯にするからね」
キッチンへと向かう香の後ろを追いながら、俺は恐る恐る聞いてみた。
「・・・なぁ、どこで着こんでくんだ?んなもん」
「託児所に着替える所ないし、しょうがないからここからかなぁ」

何っ!?誰かに見られちまうかもしれねぇじゃねぇか。
特に向かいの堕天使なぞに見せたくない!!

「なぁ、誰か他探してやろうか・・・?」
「無理よ。私もさっき近所あたってみたけど、みんな忙しくて都合つかない
みたいなの。リョウがやってくれないならあたしがやるしかないの。
あっ脅してやってもらおうなんて駄目だからね!
それだったらあたしがやるんだから」

俺が、ありったけの素直さをかき集めて言った言葉は見事に玉砕し、
目の前にはハムレットの如く決断を迫られた男がここに一人・・・
己のプライドを取るか、愛する者のラ○ちゃん姿を阻止するか、それが問題だ。


そして・・・子供達に豆をぶつけられて逃げ回る、今に至る。

             ◇◇◇

「それにしても、本当にやってくれるなんて思わなかったなぁ」
「ね?だから香さんがあのカッコするって言ったら冴羽さん鬼の代役やらざる
負えないって言ったでしょ♪」
リョウが鬼役に徹している頃、キャッツでは美樹と香がそんな会話を交わしていた。

昨日鬼をやってくれる代役が見つからないままキャッツに顔を出した香に、
この案を提案したのは美樹だった。
そして、どこからともなくビキニを提供したのも。

「それだけ愛されてるって事よ♪」
「///そ、そろそろリョウ終わる頃だから、迎えに行ってくるね!!
美樹さんコーヒーご馳走様!」
真っ赤になって慌てて飛び出していった香。

「こちらこそ、ご馳走様。楽しませていただきました♪」
呟いた美樹の言葉は、虎模様のビキニだけが聞いていた。

レシピ:ハムレットを作るには、二者択一しか出来ない状況に追い込みましょう。

fin

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!
サエバスキーの方石投げないで下さい!
愛故に、って事で許してくださいませm(__)m
・・・でも、楽しく書かせていただきましたです、はい(笑)


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