あなたと共に




「唯香ったら、お父様をあんなに怒らせて。
いくら本当にボーイフレンドがいたとしても、
それを言ったらお父様が荒れるのは
わかってたでしょ?
何もあの場で言わなくても・・・」
「だって、パパったら何時までたっても
子供扱いなんだもん!」

そう言って不満気に頬を膨らます表情は、
子供そのもの。
私は、その言葉と表情のギャップについ苦笑した。

毎度の事ながら、お父様は娘達の行動一つ一つに
振り回されては、一つ一つに過剰反応する。
いい加減私にも麗香にも言っても無駄だと
思い始めたらしく、
最近のターゲットはもっぱら唯香だ。

もう数年経てば、双子の妹達も年頃になるから
少しは軽減するだろうけど、今は集中砲火状態。
可哀想と言えば可哀想だけど、
多分お父様の性格は治りそうにないし。

「せめて、お姉ちゃん達だけでも対等に扱ってよね。
いつも麗香お姉ちゃんも冴子お姉ちゃんも上から目線だし」
「そう言われても、妹は何時までたっても妹なのよね〜」



あ・・・
心に響いた、懐かしい声と言葉がリンクする。
『妹は、何時までたっても妹なんだ』

あれは確か、香さんを心配して帰ろうとする槇村が
私に向けて紡いだ言葉だった。
槇村に困った表情をされてしまっては、私に勝ち目はない。
あの時、言葉では『しょうがないわね』と
そんな槇村を送り出したのだ。
心の隅では、ほんの少しまだ見ぬ香さんに
やきもちを焼きながら・・・

時々訪れる、悲しくも嬉しいこの瞬間。
記憶から呼び起こされる槇村の言葉や声に癒され、
傍らにいない現実に打ちのめされる。



「・・・お姉ちゃん?」
急に押し黙ってしまった私を、心配気に覗きこむ唯香の声が、
今この場に私を引き戻した。

多分、私は今複雑な表情をしている事だろう。
それは、人と分かち合う感情ではない。
いくら、妹でも。
妹だからこそ。
・・・ううん、私に吐露する勇気がないだけかもしれない。
話始めたら、私というものが維持できずに崩壊してしまう気がする。

「・・・いやぁね、気が付いたらお父様と同じ事
言ってるんですもの。
『娘はいつまでたっても娘だ!』っていうのと
まるで同じ。嫌になるわ」
「お姉ちゃん・・・」
唯香の表情から、誤魔化しきれていない事が伺える。
私は、目をそらした。
唯香から。そして、痛みから。

「・・・言葉にして楽になるようになったら、
聞くからね。じゃ期限の迫ってる小説あるから」
軽い驚きだった。
まさか、唯香からそんな言葉を聞くなんて。
知りたがり屋が、そのまま身長ばかり
大きくなってしまったと思っていたのに・・・

槇村も、いつの間にか成長した香さんを垣間見て
びっくりした事あった?
人一倍妹想いのあなたの事だから、
ひどくうろたえてしまったかしら?

答えは返ってこなくても、浮かべるであろう愛しい表情は、
手に取るようにわかる。
槇村がリョウの相棒になるまでは、1日の半分以上を
共に過ごしてきたのだ、それ位わかる。

窓の外に視線を移せば輝くように眩しい新緑と、
木立越しに見える抜けるように青い空。

雨でなくて、良かった。
これ以上、想いを過去にさ迷わせてしまえば
留まりたくなってしまう。
前に、進めなくなってしまう。

私が前に進み続ける事を、彼は微笑んで
見守ってくれると確信できるから。
心の中の槇村と共に、刻み続ける時を前へ前へと
歩んでゆく。

あの時冷えた槇村の頬に触れた時に、
私がたてた誓い。

ブルブルブル・・・
仕事用の携帯がテーブルの上で存在を主張する音に、再び引き戻される。
「はい、野上です」
『野上刑事、事件です』
受話器の向こうの、緊迫した空気が電話越しに伝わってくる。

「すぐ行きます」
現場と状況だけを確認し、手早く電話を切り手早く仕事用の
スーツに着替えゆく。
槇村が、以前誉めてくれたラベンダー色のスーツのジャケット
に袖を通し、今日も私は今を生きる。
あなたと共に。


fin



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