Parfum




『美樹さん、いい香りねぇ』
『あら、気がついた?飲食店だから控え目にしてたんだけど・・・』
『邪魔にならない、いい香りね』
『うふふ、ありがと。香さんもつければいいのに』
『だめだめ、リョウにちゃらちゃらしたカッコはするなって
言われてるし』
『香水ぐらい、いいと思うけど。ほら、あんな家業をやっている
かすみちゃんもつけてるし』
『う〜ん、そうなんだけどね』
あははと笑ってはぐらかした香の姿に、
キャッツへ入ろうとしていた俺は、扉を押さずに立ち去った。

言葉として紡がなかった香水を纏わない理由は、
俺の隣にいなければ、躊躇しなくてよいものだったのだから。

槇村の『香に女の子らしいカッコをさせてやりたい』
とよく言っていた姿が、脳裏に浮かんで消えた。



◇◇◇



「香、夕飯まだかぁ?」
今日は3月14日。
いつものように依頼もなくてキッチンで夕御飯の準備をしていると、
のっそりと両手で紙袋を抱えながらリョウが欠食児童のような
表情で扉から顔を出した。
「う〜ん、もうちょっと待って。っていうより、何その紙袋」
「パチンコ行ったら大当たりしちまってなぁ」
「はいはい、良かったわね。まだかかるからリビングにいて」

この所定期的に依頼があったおかげで家計も苦しくなくて、
リョウの行動一つ一つに目くじらを立てなくてすんでいる。
「あ〜、そうだ香。当たりすぎたからこんなもんにも変えてきたから、やるよ」
「ん〜?何?」
振り返ると、ピンクの小箱が机の上に置かれていた。
「香水」
そう言いながら小箱から取り出されたのは、可愛らしい香水瓶。

「ありがとう。飾っておくと可愛いかも」
思いがけないプレゼントに、自然と顔が綻ぶ。
香水はたぶん使えないけど、それでもかわいらしい小瓶は
化粧台に並べているとなんとなく気分が華やぐ気がするし、
素直に嬉しかった。

「あ、そうだ。せっかくやったんだから、ちゃんとつけろよ」
そっけなくキッチンから出ていこうとしたリョウが、急に
扉の所で振り返った。
「え、それは・・・」
その言葉に、一瞬答えにつまってしまう。
もし何かあった時に、あたしは美樹さんやかすみちゃんのように
自分の身を守れない。
そんなあたしが、敵に居場所を知らせてしまうような
香水をつけるのは・・・

「馬ぁ鹿。何、お前もしかして敵さんに居場所知らせちまうからとか
思って香水つけんの躊躇してるわけ?」
「ば、馬鹿ってっ。っへ!?」
せっかくリョウからもらったものを使えないのは、
あたしだって申し訳ないし残念と思ってるわよ?
それなのに、それを馬鹿って言う事ないじゃないっ!と
落した視線をあげると、予想以上に目の前にいたリョウに驚き、
そして次の出来事に固まってしまった。

だ、抱きしめられてる・・・
あたしの耳元に、リョウの声がまじかに聞こえてくる。
「あのなぁ、これはパルファンと言ってもっこりちゃんが道で
素敵な香りを振りまいてるオー・デ・トワレよりも濃度が濃いもんなんだよ。
んで、これはこれ位近づかないと香らない訳。ま、つけすぎん事が前提
だがな」
「そ、そうなんだ・・・」
厚い胸板を目の前にしながら思考が半ば停止してしまっていて、
低い声が心地良くて、いつもの天の邪鬼なあたしはどこかに行ってしまっていた。

「・・・ま、お前にここまで近づく奇特な奴じゃねぇと
お前以外香りを楽しめねぇから安心しな」
「そう、か・・・ってちょっとっ、それってどういう意味よっ!」
「んじゃ、香ちゃん夕飯早くなぁ」
かなり失礼な言葉に我に返ってみると、すでにリョウは扉近くまで
避難済みで、ひらひらと手を振りながらリビングに逃げてしまった。

「ったく」
それでも机の上に残された香水瓶に、口元には笑みが浮かんだ。
「・・・纏ってみようかな」

もうすぐ春のこの時期に贈られた香水。
それは、桜の香りだった。
柔らかい香りに、一足早い春が舞い降りた。


FIN
春ですねv
春といえば桜という事で。
少しでも楽しんでいただければ幸いです♪


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