Cocktail Time Ver Kaori
*スウ様のリクエスト「Cocktail Time」の香ちゃんバージョンですvv
「今日は、キャンセルかぁ・・・」
携帯を閉じながら、あたしはバーカウンターで
小さな溜め息をついた。
本当は、今日絵梨子と会う予定だったのだ。
だからこうして少々居心地悪いながら、
雑誌に載っているバーのカウンターに座っている。
だけど、絵梨子に急な仕事が入ってしまって
先程謝りのメールが来ていた。
『香、本当にごめん!今度またメールするね』
まぁ、仕事ならしょうがないか。
うちなんて万年開店休業状態だから、
ああ本当羨ましい。
でもそれを絵梨子本人に言えば、
目を輝かせて『じゃあ是非うちのモデルをやって!』
と言われちゃうだろうから黙ってるけど。
さて、一人でここにいてもしょうがないし、帰ろうかな。
「Excuse me」
席を立とうとした途端、背後からバリトンの声。
振り返ると、金髪、ブルーの瞳の紳士が立っていた。
あれ、どこかでこの人に会った事、ある・・・?
振り返った途端、その雰囲気になぜか見知ったモノを感じて、
ついついまじまじと見つめてしまった。
「トナリ、宜しいですか?」
「!!ごめんなさい!どうぞ、どうぞ」
流暢な日本語で笑いかけられ、顔を無遠慮に見つめてしまった事が
急に恥ずかしくなり、慌てて隣のカウンターチェアに座れるよう
身体をサイドに寄せた。
「Thank you」
笑顔のまま、しなやかな動きで隣の席に滑りこんできた彼は、
やはり誰かに似ている。
それが誰かわからない事が、喉に引っかかった小骨のようにもどかしい。
「サイドカーを」
紳士が注文している間、そういえば自分は帰ろうとしていたんだと
思い出し、手元に置いていた携帯をハンドバックに閉まって
帰り支度を始める。
「待ち人来たらずですか?」
席をまさに立とうとしたタイミングで、話しかけられた。
「え、ええ。仕事が入っちゃったみたいで今日はキャンセルに
なっちゃいました」
見知らぬ人なのに、ついつい、知っている人に似ているという
親近感から、素直に答えてしまう。
そして、立ち上がりそびれた。
「それは残念ですね。でも、そのお陰でワタシはあなたに会えた。
この幸運に感謝したいですネ」
「そんな・・・じゃあ私はこれで」
「まだ一杯目ですよね?」
言われ慣れていない台詞に気恥ずかしくなり
席を立とうとしたのに、彼が重ねた言葉に再び止められる。
「ええそうです、けど・・・?」
「このお嬢さんに、アレキサンダーを。一人寂しいワタシの
おしゃべりに、もう少し付き合っていただけませんか?」
「そんな、悪いです!」
「いえいえお話に付き合って頂けるなら、
カクテル一杯位安いものです」
すぐにあたしの前に用意されたカクテルを無視して
立ち上がるっていうのも気が引けて、あたしは再び
チェアに縫い止められた。
「じゃ、じゃあお話だけ」
強引なのに何となく嫌な感じがしないのは、
やっぱり笑顔が知っている誰かに似ているからかもしれない。
「ワタシは、ジェームスです」
「・・・香です」
ジェームズさんの笑顔に引っ張られ、あたしも自然と笑顔が浮かんだ。
「いただき、ます」
「どうぞ」
プレゼントされたカクテルにゆっくりと口をつけると、
カカオの薫りが広がる。
「・・・美味しい。飲みやすいですね」
「お口にあって良かった。でも、飲み過ぎは禁物ですョ。
アルコール度数は高めですから」
ウィンクの仕方は、ミックに似ていた。
でも、あくまで仕草が似ているのであって、
顔立ちは似ていない。
「そうなんですか?気をつけなきゃ」
・・・あ、だから何杯目か確かめたのね。
先程の会話に心遣いを感じて、さらに
ジェームズさんへの警戒心は解けてしまっていた。
いけない、初めて会った人なのに。
理性では戒めているのに、何故か先程からくつろいでしまう。
「そうですよ、気をつけないと。夫がお酒の飲めない妻に勧めて、
アルコール中毒になるきっかけとして映画でも使われている位ですから。
これを女性に勧める男性は要注意デス」
「じゃあ、ジェームズさんも?」
「しまった!自分から手口をバラしてしまいました。
もう一杯は勧められないな。残念デス」
茶目っ気たっぷりにおどけてみせるジェームズさんに、
自然と声をあげて笑ってしまった。
◇◇◇
「本当に、ご馳走様でした」
「いえいえ、こちらこそ楽しい時間を
ありがとうございました」
「あたしも、お話できて楽しかったです」
バーを出ると、心地よい風が火照った頬を撫でてゆく。
楽しかったというのは、正直な気持ちだった。
「この辺りは危険だ。家までお送りしましょうか?」
「いえいえ、結構です!!申し訳ないですし!!」
これ以上は、迷惑かけられないと慌ててお断りする。
送られる事の危険よりも、これ以上は甘えられないという
感情のほうが先立った。
警戒心は、今日はどこかに置いてきてしまったのかも
しれない。
いつもだったら、見知らぬ人とお酒を飲む事自体絶対にしない。
リョウだって、今日の出来事を知ったら自分の事は完全に
棚にあげて眉をしかめる気がする。
でも、まいっかと思わせる雰囲気を、ジェームズさんは持っていた。
これも、年の功というものなのかしら。
「そうですか。では、気をつけてお帰り下さい」
あっさりと引いてくれた事にホッとしながら、
彼を正面から見上げた。
!!!
ネオンの逆光で、ジェームズさんの姿から
色彩が切り取られていた。
青い瞳や、金髪という彼の大きな特徴が
取り払われたシルエットは、紛れもなくリョウ。
見間違う筈がない。
「・・・じゃあ、あなたが無事に帰られるように
おまじないです」
あたしがその事実に驚いている間に、頬に温かい体温が掠める。
そして、微かに薫った硝煙の香り。
それは、いつもあたしの傍らに付かず離れずにいてくれる、
リョウの薫り。
困惑は、確信に変わった。
そして、頬を掠めた体温の意味を理解し、
停止する思考。
「素敵な夢を」
ぽんと肩に置かれた手で動きを取り戻した
あたしは、振り返って歩み去ってゆく姿を
見送る事しかできなかった。
あの優しい瞳を、あたしに向けてくれてたの?
リョウにとっても、楽しい一時だった?
・・・そして、何故キスしたの?
リョウの行動の意味がわからなくて、
驚きと嬉しさの混乱した感情に、
今夜は眠れそうになかった。
fin
うーん、最後ミック出すかどうか迷ったんですが、今回はカオリンOnlyに
してみました。
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