舞台は誰のため




『リョウ、ごめんね』
ぽつりと車中で一言呟いた香の言葉が、
頭の中でリフレインする。

気にするなっつったのに、今香から
溢れるように発っせられている感情は、
先程呟いた言葉と何ら変わりない。
同じ所に針が戻っちまう、壊れたレコードのようだ。
いや、リビング内の空気すべてが
ぎしぎしと不自然だった。

「ね、ねぇリョウコーヒー飲む?」
それでも元気に振る舞おうとしている香に、
そして、そんな気を使わせちまっている俺自身に
イラつく。
「・・・じゃあ、頼むわ」
パタパタとダイニングへとコーヒーを
淹れに逃げ出した香。
俺自身も息苦しさから解放され、ほっと息を吐いた。

事の発端は、香がどこぞの学習能力のない馬鹿に
拉致られた事から始まった。
もちろん、すぐに発信機を頼りに俺はその場に
駆けつけた。

だが、その際に苦し紛れに奴が投げつけた
手榴弾は香近くで爆発し、避けきれないと
判断した俺は香に覆い被さり、その結果
俺の左腕には砕けたコンクリートの破片が
突き刺さったのだった。

無論、その直後に奴にはたっぷりと後悔の味を
味わってもらったが。

こんな傷俺にとってはかすり傷でしかないのだが、
香は当事者の俺以上につらそうな表情をさせてしまい、
それがアパートに戻ってきた今もこの惨状だ。

香が笑顔でいてくれれば、俺はそれだけでいい。
なのに、実際に俺があいつにさせている表情と言ったら・・・

一言感情のままにあいつに言葉を投げてやれば、
少しはその表情は和らぐんだろうか。
すぐには無理だとしても、笑顔に近づかせる
事はできるんじゃないだろうか。

おそらく、それは自惚れと言われようが
正解に近いだろう。
それはわかっている。頭ではわかっているんだが・・・


・・・
・・・
・・・
やっぱりこっぱずかしくて、俺にはできんっ!


俺は甘い言葉を香に向かって囁いている俺自身を想像し、
気恥ずかしさにソファの上で頭を掻き毟った。

あ゛〜!!!ったくなんだってんだ。
天下の冴羽リョウがなんでこんな事で
悩まなけりゃいけねぇんだっ!
ブチリと自分の中で思考が切れる。
いや、自分自身でブチ切ったのかもしれない。

そして、ハタと思い出した。
そうだ、いつものがあるじゃねぇか。
香を怒らせて、ハンマーっていう楽なパターンが。
そして、俺はそれ以外の考えを放棄し、
早速そのパターンに落とし込む為にキッチンへと
向かったのだった。

◇◇◇

「はぁ・・・」
「なぁに、コーヒー淹れんのに疲れきってんだぁ」
キッチンでは、やはり予想通りの表情の香。
俺はハンマーへ持ち込む為、おちゃらけた表情で
キッチンへ入って行く。

「そんなに今日の事で負い目感じてんのかぁ〜?」
「そ、そんな事、ないって」
その表情で気にしてないって言ったって、
説得力ねぇって。

「よし、そんなにお前が今日の事を悪いと思うんだったら、
そんなお前の気を楽にしてやろうっ!ようはペナルティだな。
それでチャラだ。うん、うん俺って優しいなぁ。
しかも、選択権付きっ」
「な、何?」
大きくうなずく俺に、香の表情は不審気だ。
そりゃそうだろう、突然のハイテンションな
申し入れだからな。よしよし、計画通り。

「まぁこの中から好きなのを選べ。まずひとぉーつッ
1年間男の依頼を請けないっ」
「そんな事っ」
生活に直結する条件に気色ばむ香を、
まぁまぁと両手をあげて宥める。

「ふたぁーつッ、半年ハンマーを俺に使用しないっ」
「む、むむ・・・」
目の前に提示される条件に本気で悩み始める香に、
つい苦笑する。
気がそちらに行ってくれればこっちのもんだ。

「みぃーっつッ、1ヶ月ツケで飲んでも口を挟まないっ」
まぁ、どれも完全に守れやしないんだ。
数日だけで香の我慢の限界がきて約束を反故するのも、
今すぐハンマーでうやむやになっても一向に構わない。
ただ、少しでも香の勝手に背負いこんじまった
お門違いの負い目が軽くなるなら。

そして、俺は道化師を演じ続ける。
だから、一つ位俺への褒美になりそうな条件を
挙げてもいいだろう。

どうせ選ばれない。
ただ香の照れた顔が見たくなり、俺は最後の
条件を決めた。

「よぉーつっ、これで最後だっ。
五分間俺の口にキスをするっ」
「へっ?!」
一気に真っ赤になる香の表情に、満足する。
本当にからかいがいのあるヤツ。

「さて、どれを選ぶ?」
ニヤニヤと下を向いて百面相をしている香を覗きこむと、
意を決したようにこちらを見上げた。

この感じじゃ、この場でのハンマーはなさそうだ。
さて、3つのうちどれを選ぶ・・・?
「・・・わかった。じゃあ4つ目を選ぶ」
「ほうほう、4つ目を・・・だぁ?!
4つ目だと?お前数間違えてねぇか?!」

選ばれないと思っていた選択肢を
緊張した面持ちで香が告げた事で、
俺はひっくり返った声をあげた。

「間違えてないよ。だって、他の3つは
どう考えてもうちの家計じゃ実現できないし、
できないものをペナルティにしても
しょうがないじゃない」
真っ赤になりながらも真面目な顔で
そう言ってのけた香に、俺はもう何も言えず、
ゴクリと喉をならした。

なんでも、言ってみるもんだ。
棚から牡丹餅ってこういう事言うのか?

「じゃ、じゃあじっとしてなさいよ」
少し背伸びしながら目をぎゅっと閉じて近づいてきた
香の緊張した面持ちに、金縛りにあったように
動けなくなる。

スローモーションのように近づいた香の
桜色の柔らかい唇が、俺の唇に押し付けられる。

夢じゃねぇだろうな?
というか、今すぐベッドから
転げ落ちるオチじゃねぇか?
そっちのほうが、しっくりくる気がする。

抱きしめてしまいそうになる腕を必死で止め、
後ろ手につねってみる。
いてぇ・・・
やはり、現実らしい。

そこまで考えが到った時、
ギュッと結ばれたままの香の唇が惜しくなる。
だが、香にとってはペナルティの一つとして挙げた
条件なのだから、仕方ない、か。

だが、柔らかい唇を貪りたいと思い出したら、
それは抑えがたい願望となってしまった。
香の為に提案したペナルティだったのに、
今はもうそんなもの消し飛んでいる。


「ペナルティは、なしだ」
そう言ってしまうのに、それほど時間はかからなかった。
香の為に整えたはずの舞台は、
いつの間にか俺主演のものに切り替わっていた。


FIN


<<あとがき>>
あおらさんのリクエストは、『甘いお話』でしたv
楽しんで頂けると、嬉しいのですが(ドキドキ)
この度はリクエスト本当にありがとうございました&
そして、いつも遊びに来て下さって
本当にありがとうございます♪
今後とも仲良くして下さると嬉しいです(^0^)

そして、ネタはnaruさんからいただきましたv
お世話になりました&ありがとうございました(^^)

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