Cocktail Time



げっ!?香?!
俺はその姿を認めた途端、慌てて後ろを向いた。
だが、すぐに自分が変装している事をはたと思い出し、
ほっと胸を撫で下ろして店の中をそっと覗き込んだ。

ここは、歌舞伎町のとあるバー。
俺は普段あまり出入りしない観光案内にも良く
掲載されているような所だ。

何故俺が変装をしてこんな所にいるかと言えば、
例のごとく冴子に厄介な依頼を押し付けられての事。
この界隈で、不法賭博が行われているらしくその裏を
取って欲しいとの依頼だった。

新宿では、俺の顔は売れすぎてる。
裏を取ってくんなら俺なんかより
警察内部で顔の売れていないヤツ使った方が
都合がいいんじゃないか?と言ったんだが、
冴子のヤツ聞く耳持たずだ。

そして一体どこから用意したんだ?と聞きたくなるような
外国人変装衣装一式を用意され、身につけさせられた。
警察のヤツらは、聞き込みをする際に相手に
警戒されないよう同化して聞き込みを行うらしいから、
この変装道具もそのうちの一つなんだろう。

金髪のカツラ、目はカラコンで淡いブルー。
顔にまでシワのラインを入れられ、初老と言っても
差し支えない仕上がりだ。
最後のほうは、冴子絶対面白がってやりやがった。
くそ、覚えてろよ。

どうせ、あわよくば俺がそのまんま組織潰してくれたら
一石二鳥だという算段も働いてんだろう。
ま、仕方ねぇ。乗せられてやる。

賭博は、深夜に行われる。
それまでの時間を潰そうと普段出入りしないバーに
足を踏み入れようとしたんだが、
まさかそこで香と会っちまうなんてな。
確か、今日は絵梨子さんと会うと言っていた。

あまりバーの前で二の足を踏んでても目立っちまう。
他の店に行こうときびすを返そうとしたが、
カウンターに座る香をちらりと見やると
携帯を見て溜め息をついている。

何時も忙しい絵梨子さんの事だ。
急に仕事が入って遅れるのだろう。
このままバーに香を残してゆくのも
気掛かりだった俺は、いい事を思いついた。

時間は余っている。
この格好なら俺だと、おそらくバレない。
これは、使える。

そして俺は店に迷わず入っていき、香に声かけた。
「Excuse me」
急に声をかけられた事で驚いて目を大きく見開いた
香が振り返り、変装した俺の顔をマジマジと見つめた。

照明が少々落とされたバーとはいえ、バレないか
ヒヤヒヤものだったが、香は気付かなかったようだ。
見知らぬ顔に、すぐ訝し気な顔になる。

「トナリ、宜しいですか?」
俺は、向かいの堕天使のイントネーションを織り交ぜながら
どこかで聞いた事のある何時もよりも低めの声で話しかけた。
声帯模写は、得意分野。
声でバレる事はまずないだろう。

「!!ごめんなさい!どうぞ、どうぞ」
店内はそこそこ繁盛している為、隣席に座る事は
それ程不自然ではなかった。
訝し気に見上げた自分を恥じたように、
香は慌てて隣の席に俺が座りやすいように
カウンターチェアを半分回転させ、身体をサイドに寄せた。

「Thank you」
にこやかにその席に滑り込むと、
背後からは複数の悔し気な舌打ちが小さく響く。
あのままここを離れなくて良かった。
もう少し遅ければ、この席を狙って
背後の奴らが動き出していただろう。

「サイドカーを」
己の正体をカクテルに忍ばせて
バーテンに注文してちらりと隣を伺うと、
先程まで手元に置いていた携帯を
ハンドバックに閉まっている所だった。

「待ち人来たらずですか?」
「え、ええ。仕事が入っちゃったみたいで
今日はキャンセルになっちゃいました」

そう言うと、香は屈託のない笑顔をこちらに向けた。
おいおい、もう少し警戒心持てよ。
その笑顔は無意識なだけに、罪だ。
俺だからいいようなものの、他の奴だったら迷わず
このまま口説き落としにかかる。
それとも、老けさせた装いが香の警戒を解かせてるのか?

「それは残念ですね。でも、そのお陰でワタシはあなたに会えた。
この幸運に感謝したいですネ」
すぐに手元に出されたグラスをかかげながら、
何時もは言えないような台詞が、スラスラと口から滑り出る。

「そんな・・・じゃあ私はこれで」
「まだ一杯目ですよね?」
「ええそうです、けど・・・?」
「このお嬢さんに、アレキサンダーを。
一人寂しいワタシのおしゃべりに、もう少し付き合っていただけませんか?」
照れながら、そそくさと席を立とうとした香を
あまり飲んでいない事を確認し、押しとどめるように
香の分のカクテルをバーテンに頼んでしまう。

「そんな、悪いです!」
「いえいえお話に付き合って頂けるなら、カクテル一杯位安いものです」
「じゃ、じゃあお話だけ」
頼まれてしまったカクテルを断る訳にも行かず、
戸惑いながらもストンと再び腰を下ろす。
こんな強引な手に引っかかるのは俺だけにしてくれよ、
と苦笑する。

「ワタシは、ジェームスです」
「・・・香です」
おずおずとではあったが俺に微笑みかけた香の笑顔に、
気持ちが浮き立った。


◇◇◇


「本当に、ご馳走様でした。」
「いえいえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました」
「私も、お話できて楽しかったです」
バーを出てペコリを頭を下げる香の頭をポンポンと撫でたくなったのを
ぐっと堪え、笑顔で答える。

「この辺りは危険だ。家までお送りしましょうか?」
仕事まで、まだ時間がある。
「いえいえ、結構です!!申し訳ないですし!!」
「そうですか。では、気をつけてお帰り下さい」
必死に辞退しようと、手をぶんぶんと振り回す香を、
これ以上困らせても仕方ないと、おとなしく引き下がる。
この辺りには情報屋など香顔見知りの自称香親衛隊達が
いるし、危険はないだろう。

だが、このまま帰らせてしまうのも惜しかった。
「・・・じゃあ、あなたが無事に帰られるように
おまじないです」
香に身体を寄せ、バーで会話を楽しんだそのつややかな唇の横、
仄かに色づく頬に軽くキスを落とした。

真っ赤になって固まる香の呪縛を解く為ポンと肩を叩き、
少し早いが賭博場へと歩き出した。

「素敵な夢を」
カクテルを捧げた返礼にと掠め取ったキスは、
イギリス王が王妃に捧げたカカオの甘い薫りが微かにした。


<<あとがき>>
スウさんのリクエストは『1人で受けた依頼で変装したリョウが、
そうとは知らない香と出会う。甘めで』でしたvv
場所をバーにした為、あまり詳しくないカクテルについてはちょっと
調べました(笑)
XYZはベースを変えるといろいろな名前のカクテルになるんですねv
ちゃんと甘い感じに仕上がってますでしょうか(ドキドキ)
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです♪
スウさん、この度はリクエストありがとうございました。(ぺこり)

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